二百十八話目 無事
「おい、ハルカ! 治療するのは良いけど、仕掛けてきたら全員のすからな!」
「こちらの安全を最優先で! その次に彼女の治療です」
屋敷内を走りながら、アルベルトと打ち合わせをして外へ飛び出す。
実のところ、勝手に女性を助けるという判断を、ハルカ自身あまりよくないと思ってはいた。しかし彼女が倒れ込んだ瞬間に、自然と体が動き出してしまったのだから仕方がない。
恐らく大事には至らないだろうと飛び出してしまったが、本当にこの判断が危うければ、仲間がきっと止めてくれるはずだ。
女性の下へ駆け寄ろうとすると、護衛の男たちが前に出て止めてくる。
門番をしていたもの以外は知らぬ顔なので当然だ。
「治癒魔法を使えます! どいてください!」
「よそ者など信じられるか!」
言葉を尽くしてどいてもらう手もある。しかし、男たちの間から見える女性は呼吸しようとするたびに口から血を吐いているし、顔の血色もみるみる悪くなっていっている。
医者でなくてもわかる。一刻を争う状況だ。
「時間がありません、どいてください」
男たちを無理やりかき分けていこうとすると、横から掴みかかってくる者がいる。そのまま引きずって進むつもりだったが、男の手首が後ろから掴まれた。
「お触り禁止ですよー」
コリンの声が聞こえて、その男が掴みかかった勢いのまま地面に転がった。男たちがいきりたち、両側から持っていた得物を振りかぶる。
それはハルカに届く前にアルベルトにがっちりと受け止められ、もう片方はモンタナの短剣にするりと受け流される。
女性に近づいたハルカは、その背中に突き刺さった古臭い短刀を引き抜く。血が湧き出すように背中に広がるのを見て、ハルカは慌てて治癒魔法を使った。
傷口ははっきりと見えてはいないが、あふれ出てくる血が止まったことは確認できた。
女性を横向きに寝かせ、背中を軽くたたいてやる。
幾度か咳をして血を吐き出すと、ゆっくりと呼吸が安定して、少しずつ顔色がよくなってくる。
間に合ったことに安心して、顔を上げる。
いかつい男たちが周りを囲んでいた。
仲間たちは獲物を構えているが、相手を凌ぐことを優先してくれていたようだ。全員から視線でどうするんだと尋ねられたハルカは、立ち上がって男たちに告げた。
「怪我は治しました。私たちは部屋へ戻ります」
「俺は勝手に出歩くなと言ったはずだが」
白髪交じりの男が、目の前に立って上から見下ろしてくる。
「こちらの方が怪我をしたのが見えたので」
「治療には感謝するが、人んちの事情に土足で首を突っ込むもんじゃねぇ」
「では助けなければよかったと?」
「そうではない。治療には感謝しているが……。まぁいい。部屋で待っていろ。生憎ボスはこの調子だから、目を覚ましたらお前らのことは報告する。道をあけろ」
それを聞いた男たちは渋々と囲いをといて、館へ向かう道を空けた。
左右から威嚇してきてはいるが、流石に今更それくらいで怯えたりすることはなかった。
門番をしていた片割れが付いてくる。
「……何でついてくんだよ」
「中で迷うかもしれねぇだろうが」
アルベルトは言い返そうと口を開いたが、自分が迷いかねないことを思い出してそれをやめた。
屋敷に入ると、その男が四人を先導しながら振り返りもせずに話し出す。
「お嬢を助けてくれてありがとよ。兄貴があんなこと言ったのは、堅気の人を抗争に巻き込まないようにするためだ。悪く思わないでくれ」
「そんなこと言っていいのかよ」
「ダメに決まってんだろう。俺が話したことは兄貴には黙っておいてくれ」
部屋まで戻ると、男はすぐに去って行った。
残っていた三人は窓際に待機していた。窓からハルカ達の様子を見ていたようだ。
「みんなかっこいい」
ユーリがたんたんとベッドの縁を叩きながら、ハルカ達を迎えてくれた。珍しく大興奮だ。アルベルトが最初に寄っていって、ユーリを抱き上げる。
「そうか。お前も冒険者になるか?」
「なる」
「じゃあ大きくなったら色々教えてやる」
「うん」
微笑ましいやり取りの横で、ハルカはノクトの横に行って謝罪をする。
「すいません、勝手なことをして」
「いいえ、好きなようにしていいですよ。私の都合で、あなた達の成長を妨げるつもりはないですからねぇ。最終的に私を無事送り届けてさえくれればいいですよぉ」
「でも、仲の良い人とトラブルになってしまうかもしれません」
「その時はその時です。私はああいった状況で助けに走れた、あなたの気持ちを尊重します。戦いになってもどうにかなるとは思っていたんでしょう?」
「それは……、まぁ、そうですね。襲撃者たちのことも殺していませんでしたし、アルが何とかなるとは言ってましたから」
「ならいいでしょう。挑戦をしないと相手の強さを測れるようにもなりませんから。失うもののない失敗と言うのは大切です。予定とはだいぶ違いますが、いい勉強ができそうですね」
「予定を崩してすいません」
「あぁ、その話ではないんで気にしなくていいんですよぉ」
ノクトの返答にハルカは首をかしげたが、ノクトはふへへと笑うばかりで詳しいことは話してくれない。
何が言いたかったのかはわからないが、とにかく機嫌は良さそうだった。
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