二百十七話目 強襲
じろりと見下ろした黒服二人は、眉の代わりに顔に深い傷がある。ハルカは男たちを見上げながらヤのつく自由業を想像していた。冒険者も大概堅気に見えないが、それとは少し違った怖さを持っている。
そういえばオランズの街でもそう言った人々を見かけることがあったが、もう少し規模が小さかったはずだ。街のど真ん中に邸宅を構えられるほどではない。
「あのぉ、トム=スロートという人に会いに来たのですがぁ」
「……どちら様で」
スキンヘッドの方が、やはり微動だにせず不愛想に尋ねてくる。
「友人ですよ。トムにノクトが来たと伝えてもらえればわかると思うんですが」
「……遊びなら後ろの兄ちゃんと姉ちゃんに付き合ってもらいな」
そう言って男はまた背筋を伸ばす。意外と優しい。
すると今度は、白髪交じりの年輩の男が、考える素振りを見せてから口を開いた。その身体は服がはち切れそうなほどに鍛えられている。
「待て。念のためフルネームを教えてくれ」
「はいはい、ノクト=メイトランドですよぉ」
「……おい、俺はこの人案内してくる。お嬢……、じゃねぇ、ボスが帰ってくるまで客室で待っててもらう」
「兄貴、そんなことして大丈夫です?」
「なんかあっても俺が被るから心配すんな。お前はちゃんと門番をしておけ」
兄貴と呼ばれた男は、大きな門のカギを開けて、ゆっくりと押し開いた。
重そうな鉄の扉であるのに、開閉音はそれほどうるさくない。
「入ってくれ。親分が帰るまで、中で待っていてもらう」
「はぁい、ありがとうございまぁす」
アルベルトが通り際に一度じろりと門に残った男の上から下までを眺めて、ふんと鼻を鳴らした。男はそれに気づいて、こちらを睨みつけている。ハルカはこっそり近づいて尋ねる。
「なんですか、今のは?」
「戦いになったら勝てるか見てた。ま、大丈夫だろ」
「……それは頼りになりますが、ばれるようにやる必要はないのでは?」
「いいんだよ、あいつ俺たちのこと舐めてたからな」
どちらがチンピラかわかったものではなかった。
白髪交じりの男についていくと、客室のような場所に通される。ふかふかのソファが置いてあるところを見ると、邸宅に見合った金持ちであろうことが想像できる。
「ここで待ってろ、勝手に出歩くな」
「はいはい、待ってますよぉ」
ノクトが「よいしょ」と言いながらソファに腰を下ろし、ゆったりと座る。他の面々もそれぞれくつろいだ姿勢をとって、待つことにした。
「おい、ノクト。ここどんな家なんだよ」
「えー……、この街の酒造関係を仕切っている、いわゆるマフィアというがギャングというか、そういうのですねぇ」
「そういうところに行くなら先に言え」
「ふへへ、でも大丈夫だったでしょう」
「まだわかんねぇだろ」
アルベルトは窓際に腰かけて、門の様子を見ている。その横ではモンタナが窓枠に顎をのせて、やはりぼんやりとそちらを見ていた。
「門の辺り、人がたくさん隠れてたですね」
「隠れてたって言えるかよ。どうせ、この家の警備だろ」
二人が物騒な会話をしはじめる。さも当然のように話しているが、ハルカはほんの少しも気が付いていなかった。
その会話に、ユーリの横に立っていたイーストンまで混ざってくる。
「どうかな? 一瞬姿が見えたけど、明らかに服装が汚れていたし、この家の仲間には見えなかったよ」
「みんなよく見てるね、私なんかいるなーってくらいしか気づいてなかった」
コリンがそう言いだしたところで、ハルカはこの件について口をつぐむことに決めた。言い出すのが恥ずかしかった。
いつか自分も気配とかを感じることができるようになるのだろうか。それともこういうのは先天的なものなのか。また一つ悩み事が増えてしまった。
「お、なんか帰ってきたぞ」
アルベルトの言葉にぞろぞろと大きな窓際に集まって門の方を眺める。
ハルカもユーリを抱き上げて、そこに合流した。
先ほどの門番二人が、扉を押して開いたところで、家の陰からたくさんの人が飛び出してくる。その全てが薄汚れた服装をしており、体つきも貧相だ。
帰ってきた集団と門番二人が、すぐさま円陣を組んで、一人の女性を門の中へ逃がす。
怒号が飛び交い、次々と襲撃者たちが撃退されていく。その動きは一流の冒険者ほどではないが、十分に洗練されていて、一般人の鎮圧に手間取るようなことはなさそうだ。
すぐに始末がつきそうだ。双方にどんな事情があるかはわからないが、大きな騒動にはならなさそうである。こういう場合実力が拮抗しているほうが犠牲者が多く出る。この館の主が有情な人物であれば襲撃者らに生き残る道もあるだろう。
そう思いながら戦いの行方に目を凝らす。
すると鎮圧されはじめた襲撃者の一人が、破れかぶれになって手に持っていた短刀を思いきり女性に向けて投げつけた。それは護衛者達の間を抜けて、吸い込まれるように女性の背中へ向けて飛び、身体に深く突き刺さった。
その男はすぐさま制圧され、門番を残して全員が女性に駆け寄った。
「彼女の治療をしてきます」
ハルカがそう言って、ベッドにユーリを下ろして部屋から飛び出した。そのすぐあとにチームの仲間が続く。
部屋に残されたイーストンが、ノクトへぽつりと話しかける。
「ここにいろと言われたのに、いいのかな」
ノクトは角をさすりながら笑って答えた。
「……本当は良くないですが、彼ららしくて僕は良いと思います」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます