二百十六話目 慣れ

 次の日、朝食を食べ終わった後のことである。

 話の切れ目に、ノクトが立ち上がりひとりでふらっと外へ出ていこうとした。

 モンタナはテーブル前でうとうとしており、コリンが部屋に上着をとりにいった隙だった。


「じゃあ、僕は昔の知り合いに会ってきますねぇ」

「おー、気をつけろよ」


 あまりに自然な振る舞いだったためか、アルベルトが適当に手を振って送り出す。

 ハルカは一人で出かけさせてはまずいのでは、と思い立ち上がった。しかし、アルベルトがあまりに自然に送り出すものだから、何か話がついているのかと思い声をかけるのを一瞬ためらった。


 後ろ姿がドアの向こうに消えようとした時、ガタリとアルベルトが立ち上がり、慌ててその背中を追いかける。

 そうして腕を掴まれたノクトが、引きずられるようにして宿の中へ戻ってきた。

 戻ってきたコリンが足を止め不思議そうな顔をして、その二人を眺めている。


 ノクトを椅子に座らせたアルベルトが、テーブルをダンと叩いて、眉を吊り上げた。


「ジジイてめぇ、護衛対象が一人でふらつくんじゃねぇ」

「あ、やっぱりダメですよね」

「ばれちゃいましたぁ、ふへへ」


 続くハルカの能天気な言葉と、悪びれのないノクトに、アルベルトはガリガリと頭をかく。


「油断も隙もねぇ。出かける用事があるならせめて誰か連れてけよな」

「え、なに、一人で出かけようとしてたの?」

「はぁい、すいませぇん。いやぁ、皆さんが冒険者としての仕事をきちんと覚えているかテストしただけですよ。本当に一人で出かけるつもりなんかありませんでした」

「確かにちょっと危なかったですよね、アル」

「おいハルカ、お前も止めなかっただろ」

「すいません……」


 そんなやりとりを見ながらイーストンは思う。

 多分後半は詭弁だ。止めなかったら絶対に一人で出かけてたし、何かやらかす気だった。

 みんなより少し大人で、ノクトとまだ付き合いの浅いイーストンだけが正しい答えを導き出していた。




 結局全員で仲良くお出かけすることになった。

 実はイーストンは最初、宿に残ると言っていたのだが、見送る時にユーリが「いっしょに」と手を伸ばしてきたのを見て、考えを変えた。

 何か面倒ごとが起こりそうな予感がしていたので残るつもりだったのに、子供のお願いには勝てなかった。


「でも別に一緒に来ても面白くないと思うんですよねぇ。それで気を遣って一人で行こうと思ったのもあるんですよ?」

「どんな知り合いなんです?」

「どんなというと、色々あるんですがぁ……。この街のお酒を作っている人のところですねぇ。皆さんお酒飲まないじゃないですか」

「面白いかどうかはさておき、護衛の仕事ほっぽるわけにいかねぇだろうが」

「アル君は偉いですねぇ、いいこいいこ」

「あぁー、うるせぇうるせぇ」


 ノクトが手を伸ばしてアルベルトのかたをぽんぽんと撫でる。アルベルトは初めてあった頃からさらに背が伸びていて、今ではハルカより幾分か視線が高くなっている。他の面々の身長が一切変わらない中、一人だけずっと成長期だ。

 うるせぇと言いながらも手を振り払わないあたり、やっぱりアルベルトは良い子である。


 それにしても宿屋街を抜けると、路地裏で奇声をあげている人や、死んだように酔い潰れている人がちょくちょく目につく。

 昨日は夕方近い時間帯だったから、仕事を終えたものたちが酔い潰れているとばかり思っていたのだが、そうではないようだ。

 路地裏から出てきてハルカの体に触ろうとしてきたものの腕を掴み、路地裏へ軽く投げ返し、頭にウォーターボールを纏わせてやる。

 ゴボゴボする様子をしばらく見ながら、ハルカは彼らの生活の心配をしていた。朝からこの調子で大丈夫なのだろうか。


 大人しくなった男を路地裏で横向きに寝かせてやって、少し先に進んだ一行に追いかける。


「本当に酔っ払いが多いですね、皆さん大丈夫でしょうか?」

「表情ひとつ変えずに溺れさせたやつに心配されたくねぇだろ」

「え、いや、でも、ああすると大概の方は、次の日から真面目に働いてくれるんですけどねぇ」

「また変なあだ名つけられても知らねーからな」

「いやぁ、長く滞在するわけでもないですから、大丈夫でしょう」


 飲み屋街を抜けて、住宅を抜けて、門をくぐる。知り合いの家はずいぶん先にあるらしく、移動には結構な時間がかかった。

 絡まれる時は必ずと言って良いほど、ハルカが最初に絡まれる。ただの酔っ払いは適当にあしらって、呂律も怪しくいきなり手を出してくるような輩は、最初と同じような対応をする。荒くれ者の相手をするのは、ハルカもすっかり慣れてきていた。

 しかしやはりその数がかつてなく多かった。


 ちなみに二番目に絡まれたのはイーストンだ。彼は女性にも男性にも人気があるようで、辟易としていた。ただどちらかというとお上品な酔っ払いに絡まれることが多く、その差はいったいなんなのだろうとハルカは首を傾げて悩むが答えは見つからなかった。

 途中から虫除けにとユーリを抱っこして歩くようになると、効果覿面で、イーストンはぴたりと絡まれなくなった。


 ハルカには、たまに下品な言葉が投げかけられることがあったが、ユーリへの悪影響を考え、そういう人にはできるだけ早めに静かになってもらうようにしていた。


「さて、ここですよ」


 ようやく辿り着いた場所はとても大きなお屋敷だった。敷地内に工場のようなものも持っており、門の前にはいかついボディガードが立っている。


 彼らは背筋をピンと伸ばし、呑気に屋敷を指差しているノクトを、視線だけでじろりと見下ろした。

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