百九十五話目 王国の成り立ち

 ノクトの話は思っていたより詳細で長かった。

 時折目をつぶりながら、何かを思い出すように語る姿は、この国に対してノクトが強い思い入れを持っていることを表していた。


 王国は獣人の国と隣り合っており、長い付き合いになるはずだ。また、ノクトはプレイヌの独立にもかかわっていたはずだから、当然と言えば当然だった。


 ディセント王国の王は、代々男女にかかわらず長子が継ぐことに決まっている。もしその継承者が政治を主導できないほど幼かったとしても、前王の兄弟である公爵を後見として、その身分を引き継ぐことになる。

 ノクトの説明によれば、現在の王はエリザヴェータ=ディセントという女王で、十五歳の時に父であるレオニード=ディセントの急死に伴い即位したという。

 前王レオニードは獣人の国やエルフの里との交流を重視し、国内での人族以外への差別を撤廃しようとしていた。また、私腹を肥やす貴族たちの力をそぐために奔走した王だった。その為に既得権益を守りたい貴族たちに暗殺をされたのだろうというのが、ノクトの見方だった。

 そうして王となったエリザヴェータはしばらくの間、清高派に担がれた公爵の後見の下、言うがままの政を行っていた。しかし彼女は言うがままになりながらも、ひっそりと敵味方の選別を行い、冒険者たちに協力を取り付けていた。そうして三年間の雌伏の時を経て、一気に宮中から清高派の貴族を追い出したという。


「なるほど、英雄的な女王様なのですね。師匠はその女王様にご縁があるようでしたが?」

「ええ、先代とは交流がありましたから、その流れでですかねぇ。そんな女王も今は二十五歳でしたかねぇ、確か。直轄地をこうして増やしているところを見ると、今の所上手くいっているとみてもいいのでしょう」

「とにかく、女王の派閥の方は、より風通しのいい社会の仕組みを作りたいと思っているのですね。では清高派というのは、どういった方々ですか?」

「少し難しいんですけれどねぇ」


 そう言ってノクトは続きを語る。


 そもそも今から遡って八百年ほど前、神人時代からわずかに残った人々が、今のヴィスタ付近で細々と暮らしていたころの話だ。人が増えてきて、それでも各地は魔物と破壊者ルインズがはびこっていた時代に、人の住む領域を広げるべく立ち上がった若者がいたそうだ。

 その若者は、多くの賛同者を連れて、少しずつ人の暮せる地を北へ北へと広げていった。ある程度領土が広がった頃、その若者は神によって人々を導くよう告げられる。人々はその若者を王として崇め、あちこちで魔物や破壊者ルインズとの戦いを繰り広げた。王が命を懸けて戦うようなことも何度もあったそうだが、その度に神の言葉によって、王は勝利を重ねた。

 そうして大きく広げられた領土を治めるべく、王と共に戦った者達が各地に残って、その土地を発展させていった。その者たちが今の貴族たちの先祖に当たるという。

 数百年かけてようやく今の領土まで広がって、東の海を臨んだ時、当代の王が勢力拡大にひとまずの終止符を打ち、国を発展させることを宣言した。それによって、今の王国の制度が確立したのだそうだ。


「まぁ、要するにですねぇ。過去の栄光にすがって、自らの血は尊いと宣い、与えられた権益を守らんとする者たちが自分たちのことを清高派と呼んでいるわけです。彼らの主張によれば、その血の尊さは、南から領土を拡張した人族にしか流れていないそうですよぉ。その為、手を取りともに巨人族や魔物たちを追い払ったはずの、エルフ族や獣人族は、人族より卑しいそうです。お判りいただけましたかぁ?」

「なるほど、そういう方々でしたか」


 亡き王と交流があって、人々の自由な精神を尊ぶノクトだ。彼にとって清高派の貴族たちと言うのがどれだけ醜く映っているのかを想像して、ハルカは頷いた。

 ハルカの返事に私情が混ざりすぎたことをノクトも理解したのか、目をそらして、両手で自分の角を撫でる。


「えーとですねぇ……、あともう一つ派閥に属さない勢力があります。変わり者の侯爵や伯爵が数人。他に武闘派の辺境伯である北方のデザイア辺境伯は、日々破壊者ルインズ達との戦いに備えているので、王国の権力争いをくだらないと思っていらっしゃるようですねぇ。その地域に限って言えば、プレイヌと同じくらいに冒険者の活動が活発です。それに、これから向かう……話している間に年甲斐もなく、つい熱くなってしまいました、恥ずかしいですねぇ」

「師匠の考え方が知れてよかったです。恥ずかしいことだとは思いません」

「……ハルカさんは抜けているところがあるのに、変なところは大人ですよねぇ」


 フォローしたはずなのにそんなことを言われたハルカは、少し拗ねた気持でユーリのほうを見る。

 ユーリはハルカと一緒にずっとノクトの話を聞いていたので、自分の方を見たハルカとばっちり目が合った。変な顔をしているハルカが、落ち込んでいるのではないかと思ったユーリは、ベッドの縁に置かれたハルカの手の甲を撫でて、励ましてやることにする。


「ママはかーいい」

「……ありがとうございます」


 小さく暖かい温度を手の甲に感じながら、ハルカは空を見上げた。







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