百九十六話目 目で見て話す

 いつも食事を食べるとノクトはすぐに眠ってしまう。

 ただ関所を抜けてからは、ハルカと交代で起きてくれていた。必ずユーリの周りには障壁を張り、不意打ちでそちらに攻撃が通ることのないように気を付けている。


 今日は先にハルカとモンタナが夜の警備に起きていることになる。

 この組み合わせは特に順番を定めてなかったが、昨日はこうだったから、今日はこれでいいかと言ういい加減なものだ。

 モンタナはたまにぐるりと周りを見渡す動きをするが、どこかで視線を止めるようなことはしない。ハルカはつけてきている者達に聞こえないように、小さな声でモンタナに向けて話しかける。


「いますか?」

「いるですね、二人組は交代で休んでるです。後から来た人は木の上にいますが、眠っている様子はないです」

「たしかそれが手練れでしたね。こういう任務を専門にしている人でしょうか」

「そうかもです。常に薄く身体強化をしているですから」


 モンタナの言葉に引っかかりがあってハルカは首を傾げた。

 モンタナはお尻をずってハルカの傍によって、耳元で話す。


「僕の目には、魔素の流れと大きさ、それに色が映るです。それから、人に纏わりつく魔素の色で、その人の感情が少しわかるです。嘘とか、悪意とか、敵意とかも」


 そう話すモンタナの声はいつもより少し固く聞こえた。モンタナは座りなおしてじーっとハルカを見ている。

 話を聞いてハルカは納得した。それでモンタナはいつも人と少し距離を取っていたのかもしれない。ハルカが悩んでいるときは、すぐに声をかけてくれたのもそのおかげなのだろう。

 この告白をするのに、モンタナは勇気を出したに違いない。特に後半部分の能力を知ったときに、モンタナの視界に入りたがらなくなる者は必ずいるはずだ。


 確かに後ろめたい感情がある者にとって、モンタナの能力は恐ろしいものかもしれなかったが、ハルカには見られて困るようなこともない。ただ、今までいろいろなことを誤魔化そうと努力してきたことが無駄だったとわかり、少し恥ずかしいくらいのことだ。

 ハルカはその感情を咳払いで頭の端に追いやって、モンタナの頭を優しくなでた。もし感情が見えているのなら、行動に起こさなくてもわかるのかもしれない。それでもハルカは、モンタナにしっかりと伝えようと思ったのだ。

 どんな能力を持っていても、モンタナが自分の仲間であり、これからもそのつもりであると。


「教えてくれてありがとうございます。これからも頼りにしてます」

「……ハルカはぐるぐると悩んでいることが多いですけど、いつもだいたい暖かい色をしてるです」

「そうですか、それは光栄です」

「あと身体強化がすごくて、魔素がいっつも渦巻いてるから、どこにいるかすぐわかって便利です」

「……褒めてます?」

「はい、褒めてるです。だからハルカが困ったときは、遠くにいてもすぐ助けに行ってあげるですよ」

「なるほど……。チームの仲間として相性がいいですね。その時はよろしくお願いします」

「それから……」


 モンタナはもう一度、ハルカの耳元によってきて、本当に小さな声でハルカに告げる。


「だから、ハルカが記憶喪失でないことも、知ってるです」


 ハルカがモンタナの方を振り返って固まると、モンタナはほんの少しだけ口元を緩める。


「秘密ですよね」

「……お願いします」

「いつか理由を教えてくれるです?」

「……知りたいですか?」

「別にいいです。ハルカが優しいのは知ってるですから」

「そうですか」


 少し照れくさくてモンタナから目をそらすと、反対側でユーリがスースーと静かに眠っている。

 モンタナが後ろからハルカに言う。


「この子も、色々考えているみたいです。最初見た頃は冷たい色をしていましたが、最近ようやく安心してくれたみたいですよ」

「……やっぱりこの子私たちの言っていることわかってますよね」

「わかってるはずです。……わかっていても、僕たちより小さな守ってあげないといけない子に違いないです。それに、尻尾をギュってしないから、これくらい賢いほうが僕は嬉しいです」

「モンタナって子供が本当に苦手ですよね」

「すごく好意を持って近づいてきたのに、突然耳とか尻尾引っ張るから怖いです」

「あぁ、成程。悪気はないんですけどねぇ」


 そう言いながらハルカは、横に並んだモンタナのサラサラの耳を撫でる。

 モンタナはハルカを見上げておもむろに手を伸ばし、ハルカの耳をそっと撫でた。自分ではよく触るが、他人に突然触られるととてもくすぐったくて、ハルカは思わず身を引いた。

 何事だろうと思い、モンタナの手を見る。


「僕はハルカに耳触られるのとか、頭撫でられるの気持ちいいですし、好きです。ハルカが純粋な気持ちで撫でてくれてるのもわかるです。でもハルカがやってるのって、今僕のしたことと同じです」

「……今まですいませんでした」

「いいですよ、お詫びにもっと頭を撫でるです」


 遠慮気味にそーっと頭に手をのせると、モンタナはその手に自分の手を重ねてわしわしと雑に動かした。


「忠告しただけで、しないでとは言ってないです」

「はい、わかりました、撫でさせていただきます」


 ハルカが自主的に頭を撫で始めると、それに合わせて、モンタナの長い尻尾がゆらゆらとご機嫌に揺れていた。








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