百九十四話目 背中の目

 ヴィスタを出てから北へ北へと歩んできたハルカ達であったが、周りの景色はあまり変わることがなかった。通常北へ行くほど寒くなるのだが、季節が進み、少しずつ暖かくなってきているのがその理由だ。

 雪が解けて地面が見え隠れし、そこには新緑の芽生えも確認することができる。

 ちょうど春の山菜が美味しい時期に差し掛かっているらしく、モンタナやノクトが道端でそれをつんで、食事に彩りを加えてくれることがあった。

 ハルカはそういった野草に詳しくなかったので、二人が持ってきたものをみて、その種類を教えてもらうようにしている。モンタナもノクトも、ハルカがそれを尋ねると、ユーリの傍でその野草についての解説をしてくれた。

 ハルカも道端を眺めながら山菜を探してみるのだが、素人目でそう簡単には見つからない。ユーリも特製ベッドから顔をのぞかせて、じーっと地面を見つめてハルカと同じように山菜を探していた。二人して熱心に地面を向いているのが面白かったのか、モンタナがだぼだぼの袖で口元を隠して笑っている。


 そんなモンタナにコリンが話しかける。


「モン君関所抜けてから藪の中に入って行かないね」

「後ろに人がいるですから、警戒してるです。今朝から一人増えて、三組になったですよ」

「え、早く言ってよー」

「仕掛けてくる様子はないです。あと、多分増えた人が一番手練れだと思うです」

「わかった、ハルカー、アルー、ちょっと来て。地図で確認したいところあるから」

「え、ああ、はいはい、わかりました」

「あ?なんだよ……」


 文句を言いながら寄ってきたアルベルトと、四人で地図を覗きこんだところでコリンが話す。仲間外れになったのに気づいたノクトも、ユーリと共にその輪の後ろに加わった。


「反応しないで聞いてね、手練れストーカーが一人増えた、ってモン君が言ってるから、気を付けて。っていうか、そろそろ何とかしたほうがよくない?関所抜けてからもう二日目だよ?ずっとついてこられると鬱陶しいじゃん」

「あー……、そうですよねぇ。コリン、ちょっと地図を貸してくださいね。……師匠、王の直轄地になっているのって、地図でどの辺までですか?」

「えーっとですねぇ……、聞いた話によればこの辺りぃ、なので明後日の昼前くらいまでには抜けることになりますかねぇ」

「わかりました、ありがとうございます」


 ハルカは地図をコリンに返す。


「対応するのなら直轄地にいる間でしょう。貴族領は敵か味方かわからないみたいですからね。ユーリもいますし、相手のタイミングで不意打ちをかけられるのは避けたいです。今晩か、明日の日中までに対処しましょう。モンタナ、つけてきている数は、三人で間違いありませんか?」

「二人セットなのが二組、手練れが一人で、合計五人です。位置もわかるです」


 毎度どうしてそれを把握しているのかわからないが、断言しているのだからハルカはそれを信用する。


「では、明日の朝いちばん、皆で顔を洗うのに集まったときにしましょう。モンタナに位置を聞いて、私の魔法で先制攻撃をします。それで捕まえられれば良し、逃げられても深追いはやめておきましょう。もしまたついてきても、モンタナが見つけてくれるでしょう?」

「任せるです」

「皆もそれでいいですか?」


 ハルカの確認に全員が頷いたところで、一行はまた歩き出す。

 先ほどより互いの距離は近く、いつでも話ができるようにしている。とはいえ、仕掛けてくる様子がないのに緊張していても疲れるだけだ。ハルカは大きく息を吐いて肩の力を抜いた。

 隣ではユーリが地面をじーっと見て、相変わらず山菜を探しているように見える。先ほどの自分と同じ行動をしているのを見て、ユーリの年齢相応でない賢さを改めて感じる。しっかり言葉が話せる様になったら、いつだか自分のことを話してくれるのだろうかと、ハルカは小さな後姿を見ながら考えていた。


 夕暮れになるまでに幾度かそれらしい草をつんで、ノクトやモンタナに見せに行ったハルカだったが、そのうちの三分の一は食べられないものだった。野草の判別と言うのは難しい。素人目には同じに見えるのに、伸びた茎の巻いた先がふさふさしているかしていないかとか、葉の裏の色が薄くなっているとか、そんな違いで食用かそうでないかが分かれたりする。中にはよく似た片方が劇毒であることもあるそうだから気を付けなければいけない。

 ハルカは今まで判別が難しいのはキノコだけだと思っていたが、そうでもないらしい。ぐぬぬと悔しがりながら、何度も野草をつみ、持って行っては一喜一憂していた。


 日が落ちてきて、そろそろ野営場所を探し始めた頃、ハルカはノクトに話しかける。関所の辺りで話したのだが、貴族たちの派閥と言うのがよくわかっていないことを思い出したのだ。敵を知り何とかというやつである。


「次の貴族領は、その、清高派と呼ばれる派閥の物なんですよね?王国内にはいくつの派閥があって、どんな思想を掲げているんです?」

「そういえばきちんと話してなかったですねぇ、ではお話しておきましょうか」


 ノクトはいつものように人差し指を立てて、王国の内部事情を説明し始めた。






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