百九十一話目 加入後の様子

 街の中ではユーリのことをハルカが普通に抱き上げて歩いていたのだが、街に出たとたんにノクトが一行に足を止めるよう声をかけた。そうしてぴぴぴっと指を動かして、障壁を組み合わせて、その中に柔らかい布団を敷き詰める。

 それをふわっと腰くらいの高さまで浮かせると、満足げに振り返った。


「どうですかぁ、即席子供ベッドです」


 ハルカがそっとその中にユーリを寝かせると、ユーリは興味深げにきょろきょろと周りを見て、しばらくうごうごと姿勢を変えていたが、やがてベッドの端に手をかけて、ハルカの方を向いて止まった。どうやらお気に召したらしい。


「おー、流石師匠」


 ぱちぱちとハルカが手を叩くと、仲間たちもそれに倣って手を叩く。するとユーリもそれに合わせて障壁のヘリをぺしぺしと叩いた。えへへえへへ、と笑うノクトと、一同を不審な目で見ながら通り過ぎていく旅人たち。


 頭が重くて落ちたら怖いから、ヘリを伸ばそう、とか。半透明である必要はないから、木目調のかっこいい柄にしようとか、そんなどうでも良いことを話しながら、いつもと同じペースで歩みを進める。


 一通り子供ベッドへの提案が済むと、今度は戦闘が発生したときのフォーメーションや、動きについて考えた。戦闘にはノクトは参加せずに、ユーリごと障壁で囲うこと。

 元からノクトを戦闘に参加させる予定はなかったが、それだけではなく、ノクトにはユーリを守ってもらうこともお願いすることになる。チームメンバーでない依頼主にこんなことをお願いするのはどうなのかと悩んだが、ノクトもユーリを可愛がりたいらしく、積極的に守ることを申し出てくれた。


 今もずっとユーリの横をすべるように移動しながら大層ご機嫌だった。


 一方でユーリはハルカのことを見ていることが多い。

 ハルカが頭の周りでいくつものウォーターボールを回しているのが気になるらしい。一つのウォーターボールをユーリの傍に寄せてやると、手を伸ばして触って、冷たかったのかすぐにそれを引っ込めた。

 コリンは相変わらず難しい顔をして地図を覗いていたが、疲れた頃にユーリの方へ歩いて行き、地図を見せながら地名を読み上げたりしている。段々とユーリが分からないのをいいことに、地図をうまく読めないことに関して愚痴を言いだしたりするのだが、ユーリが小さな手でコリンを撫でてやっているのを見たことがある。

 嬉しそうにハルカにそれを報告しにする姿が可愛らしくて、ハルカもコリンのことを撫でてやった。


 モンタナはたまにノクトと挟み込むようにして、ユーリのことを見上げている。大人たちの中で育ったせいか、小さな子供が珍しいらしく、じーっと観察するように見つめて、ユーリが自分の方を向くとそーっと離れていくというのを繰り返していた。


 アルベルトはいつもとあまり変わらないが、たまに振り返ってユーリの様子を見る。無事を確認できればそれでいいのか、すぐにふいっと前を向くが、まるで興味がないわけではないらしい。


 アルベルトとモンタナが寝ずの番をしているときに、ぼそぼそと声が聞こえてきて、ハルカは耳を澄ました。

 アルベルトが小さな声で、冒険者の話をしている。たまに「なんだっけな」とか、「あー……」とかいう声が混じっているのを見ると、昔に聞いた話を思い出しながら話し聞かせてやっているのだろう。

 うっすらと目を開けてユーリの方を見ると、両サイドに二人が座っていた。ユーリの手はモンタナの尻尾を握っていたが、モンタナは逃げる様子もなくじっとしている。

 アルベルトが詰まりながらも、ぽつぽつと続ける話を、ユーリはじーっとその顔を見ながら聞いていた。

 コーディの言う通り、ユーリはきっと普通の子ではない。

 ハルカは、自分が異世界にやってきたことを思って、ユーリの中にも何者かの魂が宿っている可能性を感じていた。

 ただそうだとして、今のユーリは酷い境遇で世界に投げ出された赤子でしかない。ハルカが愛情を注がない理由にはならなかった。

 自分が楽しく、素敵だと思っているこの世界を、ユーリにも好きになってほしい。


 ユーリのベッドは魔法の障壁で作られている。ハルカの魔法も常にふよふよと浮いていて、魔素を感じる環境としてはこの上ないはずだ。きっと立派な魔法使いになれる。

 それにアルベルトとモンタナは剣、コリンは弓と格闘術を教えられる。

 学者になりたければ、コーディの元へ戻って学院へ通ってもいい。


 きっと何にだってなれるはずだ。


 いつか大きくなったときのユーリが、自分たちのことを誇りに思えるように、立派な冒険者にならなければいけない。

 自分の興味や夢の為だけではなくて、誰かの為に頑張りたい。

 また一つ大切にするものが増えたハルカは、つらつらとそんなことを考えていた。

 閉じかけの目には、焚火に揺れる優しい影が映り、耳には時折詰まる語り声が心地よい。後ろから抱き着いているコリンが、ずりずりと背中に顔をこすっているのを気にしながら、ハルカはゆっくりと眠りに落ちていった。


 翌日ローブに鼻水だか涎だかわからないものがついていたが、割といつものことなので、ハルカは何も言わずに水で軽く洗い流して肩を竦めた。





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