九章 王国入り

百九十二話目 関所前

 教都ヴィスタから北へ伸びる大路をまっすぐ進み続けると、ディセント王国へ入ることになる。ここの道には関所が用意されており、王国民以外は発行される滞在証を貰う必要がある。もし国内で何かあったときにこれを提示できない場合、不法入国を疑われることになるので気を付けなければならない。万が一なくした場合は、自己申告したとしても厳しい審査の下、罰金が科せられることになっている。


 関所が近くなってきて、ノクトがそんな説明をしてくれた。


「という訳ですので、素直に関所で滞在証を発行してもらいますかぁ?それとも関所破りを試みますかぁ?」

「発行してもらうに決まってんだろ」


 あきれ顔でアルベルトは返事をしたが、ハルカはわざわざこの選択がノクトから提示された理由を考えていた。当たり前の返事をして、当たり前の行動をとっても、ノクトは何も言わないだろうけれど、意味のない問いではないはずだ。


「それは……、滞在証を発行すると、王国の方々から師匠の位置を補足されるということでしょうか?」

「はい、間違いなくストーカーの方が増えます。また、待ち伏せの可能性も上がるでしょうねぇ」

「じゃあ最初からそう言えよ」


 アルベルトが拗ねたように道に落ちた石を蹴飛ばした。転がった石が勢いよく飛んでいき、木に跳ね返って道へ戻ってくる。結構な勢いだったので、木に傷がついていた。


「アル、人に当たったら危ないですよ」

「思ったより飛んだな……、気を付ける」


 ハルカが注意すると、アルベルトは素直に頭を掻いて反省している。

 最近パーティの面々は、身体強化魔法の訓練をしている。

 アルベルトが最初にこっそりと始めたのだが、昼前にはぐったりしてしまっていた。それを見たハルカに体調が悪いのかと心配されて、誤魔化しきることができずに、すぐに全員にばれてしまった。

 それからは対抗するようにモンタナもはじめ、いつの間にかコリンもやり始めていた。コリンは先生の言っていた呼吸がどうの、と言っていたが、はじめからその下地は作られていたらしい。

 結局全員が疲れてはハルカの回復魔法を受けながら歩くという、ブートキャンプさながらの行軍になっていた。


 遠目に関所が見える所までにかかった半月程度。チームメンバーの戦力強化が尋常じゃない速度で行われていることに、ノクト以外は気が付いていなかった。


「でもさー、ユーリ君いるし、罪になるようなことしたくないな。ね、ユーリ君?」


 コリンが顔を寄せると、ユーリが首をかしげる。


 ユーリにしてみれば、好きにしてもらってよかったし、また自分のせいで方針を変える必要なんかないと思っていた。かわいいと頬をつつかれてもユーリはされるがままだ。

 最初は感じが良くても突然豹変する人がいることを知っていたユーリは、しばらくじっと静かにハルカ達のことを観察していたが、そんな様子はない。お金をもらった仕事だからかと思うには、あまりにも距離が近く、自分のことを可愛がってくる。

 もしかしてこの人たちは、自分のことが好きなのではないかと思ってしまうくらいだ。旅の道連れに赤子なんて邪魔なだけだろうにおかしな人たちだ。ユーリはそう思いながらも、ただ黙って反応だけを返していた。

 本当はもう言葉を話すことができる気がするのだが、長く黙ったままでいたら、どうやって声を出したらいいかよくわからなくなってしまった。

 最近それを心配されているので、皆が寝ているときに練習してみようと、声を出してみたら、寝ずの番をしていたモンタナとアルベルトがそばによってきてしまって上手くいかなかった。

 モンタナの尻尾は今までで触ったことのないくらいにさらさらしていて気持ちがよかったし、アルベルトの語る話は面白かったが、練習する場がなく困ってしまった。夜も誰かしら絶対に起きているので、ユーリが声を出すと目を輝かせて近くによってきてしまうのだ。


 上手くやらないと相手をがっかりさせてしまうかもしれない。

 そうしたら嫌われるかもしれない、叩かれるかもしれない。

 そんな恐怖心が、ユーリに言葉を喋らせないでいた。


「どうするかは夕食を食べながら考えましょうか。これ以上進むと関所からも見える位置での野営になりそうですから、この辺りで」


 道の横に川が流れ、その横にぽっかりと広場がある。

 既にここで野営することを決めた集団が幾つも見えた。関所を前にして一休みし、明日朝一番で通り抜けようという者も多いのだろう。

 ハルカ達はその広場の端に荷物を広げ、野営の準備を始めた。

 ハルカはウォーターボールを浮かせていたことを思いだし、それをポイっと茂みに向けて放り投げる。


 遠目に新しく来た野営者の様子を注意深く窺っていた他の者たちは、この一団には近づくまいと決意した。いくつもの魔法を同時に操るものがいるうえ、よくわからない空飛ぶベッドに赤ん坊が乗っている。

 年若い集団に見えるが、実力が未知数で不気味だった。


 偶に他の野営者と一緒になることはこれまでもあったのだが、いつも遠巻きに見られるだけで、情報交換ができたためしがない。ハルカはそういったことも旅の醍醐味だと思っていたので、それについては少し寂しく思っていた。

 今回も心なしか、自分たちの野営地からみんなが距離を取っているように見える。

 この広場はそれでも十分なスペースを確保できるので、新しく来た野営者に、場所を譲ってくれているだけかもしれないと、ハルカは前向きにとらえることにした。細かいことをいちいち気にすると疲れてしまう。


 この世界に来てからハルカは、以前よりも物事を鷹揚に見られるようになっていた。

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