百八十八話目 ユーリの行く末

 食事がすむまでの間、再会までの話をする。

 コーディは聞き上手で、適切なタイミングで相槌を打つものだから、話す方も気分よく進められる。

 モンタナ以外の三人が、旅の出来事を話しているうちに食事も終わり、ハルカ達の前には紅茶らしきものが、年長組二人の前にはワインが置かれた。コーディは食事の世話をしてくれていた使用人に、声をかけるまで立ち入らないように指示を出して、姿勢を正した。


「ノクト殿、ここから先の話に同席すると、トラブルに巻き込まれかねませんが、構いませんか?」

「今更一つや二つトラブルの種が増えてもたいして変わりませんよぉ」


 ワインをご機嫌に舐めているノクトは、鷹揚な態度でコーディへ返した。

 コーディもそれを確認して、話を続ける。


「ユーリ君の話だけれどね、ハルカさんが手紙をくれただろう?あの子はおそらくその帝国将校が探している子に違いない。聞いて驚くなかれ、私の調査があっていれば、恐らく現皇帝の腹違いの弟君だね。ハルカさん、君の対応は大正解だ。もし知っていると言っていれば、今頃こんなに平和に話はできていなかったかもしれない。帝国は代替わりしたばかりでね、まだそれが行われてから一年も経ってない。しかもそれは前皇帝が、息子である現皇帝によって弑逆されたことによって成立したものだ。当然、足場固めを考えれば、腹違いの弟などいない方がいい」


 ワインを一口飲んで、コーディはハルカ達の顔を順々に見た。それは表情を通して何を考えているのかを見抜こうとするような鋭い視線だった。

 ハルカがそこで考えていたことは、たった一人だけ救えた命、ユーリのこの先のことだけだ。コーディが、そういった事情が分かったうえで何を言ってくるのかがわからない。でも自分のできる限りのことはしてあげたいと思っていた。


「私はこれでもある程度立場のあるものだ。そんな子供を預かっていて、神聖国レジオンに圧力をかけられるのは避けたい。……とはいえだ、私はユーリ君のことは任せろと言った。何より、そんなことで罪のない赤ん坊の命を投げ出すのは、私の信条に反する。信頼ができ、実力のある冒険者にでも預けて、目の届かないところで育ててもらおうと思うわけだ。当然、相応の依頼料を払うつもりでもいる。二人で贅沢に暮らしても、不自由ない程度のだ。幾人か他に候補はいるが、君たちを通さないで他の人に依頼するような不義理はできない。……君たちが受け入れてくれればそれが一番だと思っている。本来生後十か月程度の赤子と言うのは、ようやく立ち上がり、周りのことに興味を持ち始めるくらいでしかないのだが、あの子は異常だ。まるで自分の置かれた立場が分かっているかのように、私の言葉が分かっているかのようにふるまう。成長もいくらか早いようで、穀物類をドロドロにしたものであれば、もう食べることができる。授乳も必要ない。旅に連れて行ってもそう迷惑は掛からないはずだ」


 手を組んで肘をついて、コーディはハルカ達の返事を待つ。

 ハルカ個人としては、すぐさま承諾したかったが、一人で決めていいような話ではない。仲間たちと相談させてほしいと言おうとしたところで、ノクトが口をはさんだ。


「それだけですか?」


 何か含みのある問いに、コーディが苦笑いを浮かべた。


「もちろん、まだ話には続きがあります。先に言われてしまうと、私が隠したみたいじゃないですか。……神聖国レジオンも、国だからね。各国との微妙な力関係の上に成り立っているんだ。その外交に要求される繊細さは、軍事力を持つほかの国とは比べ物にならない。神聖国レジオンとしては、切り札を一つ隠しておきたい。もしユーリ君が成人するまで君たちが見守ってくれるのであれば、神聖国レジオンは、国として君たちへの便宜を図る準備がある。あともう一つ、ユーリ君は先ほど言ったとおり、異常だ。よそに預けておけなくて、今は私のこの屋敷で預かっている。ほんの数十日だけれど、一緒に住んでいると情が湧いてくるものでね。国が信頼する冒険者にお願いするより、君たちに頼みたいというのは、私の本音でもあるよ。さて、私から話すべきことは話したね。私の話を信じるかどうか、依頼を受けるかどうか、よく話し合って、明日の朝に返事を聞かせてほしい。答えがどちらであっても文句は言わないさ。聞きたいことがあれば、その時にまとめて聞くとしよう。使用人に案内させるから、それまでここで話し合いをしていていいよ。私がいるとやりづらいだろうからお先に失礼」


 ゆったりとした動きで部屋を後にするコーディの背を見ながら、ハルカは考える。もしノクトが一言突っ込みを入れていなかったら、コーディは後から出された情報をどれだけ話していたのだろうか。

 自分だけが交渉の場に臨んでいたら、あの一言を言えただろうか。

 チームの中で交渉事を任されている身としては、不甲斐ないの一言だった。


 とはいえ落ち込んでいる場合ではない。今の話を聞いて、仲間との話し合いが必要だ。ハルカが預かる気でいても、それは個人の感情から来るものだ。反対意見があるときに、それを押し切れる自信がなかった。


「いいんじゃねーの。つっても、俺年下の兄弟とかいねーから世話の仕方わかんねーけど。なんも悪いことしてねーのに、命狙われるなんてそんなひでー話ねぇだろ。まだ一歳にもなってねぇんだぞ、ふざけんなよ」

「あんたが一番めんどくさがるかと思ってたけど、妙に肩を持つわね」

「めんどくさくても、俺たちが見つけた赤ん坊が酷い目に合う話なんか聞きたくねぇよ」

「私は皆がいいなら、受けてもいいよー。アルと一緒で世話なんかしたことないけどね。モン君は?」

「尻尾引っ張られなければいいです」

「じゃあ決まりね」


 ハルカの意見を聞かずに、コリンが依頼の受諾を決める。


「え、いや、いいですけど……」

「だってハルカはどうやって私たちのこと説得しよう、みたいな悩み顔してたわよ?話を聞いてた時から、ずーっとこっちをチラチラ見てたし。それともハルカは反対?」

「いえ!受けましょう……、あ、師匠、受けてもいいですか?」

「いいですよぉ。前にも言いましたが、僕は皆さんにお任せですぅ」

「そうですか、ありがとうございます」

「このパーティは物事決めるのがスムーズでいいですねぇ。冒険者ってわがままな人も多いので、普通こうはいかないんですけどねぇ」


 冒険者を多く見てきたノクトだったが、これだけチーム内でトラブルが起きないのも珍しい。それでいて誰も我慢していないように見えるのが心地よかった。見守っていてハラハラすることはあるけれど、不思議と手を貸してあげたいと思ってしまう。

 ノクトは弟子とこの仲間たちとの毎日を、すっかり気に入り始めていた。











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