百八十七話目 コーディのお屋敷

 話を聞いてもコリンとモンタナはどこ吹く風だった。コリンはどうせまだまだ隠し事が出てくるに違いないと思っていて、いちいち驚いてやらないと決めていたらしい。『慌てるから面白がるの!』と近所のいたずらっ子を相手にするようなことを言っていた。


 アルベルトだけは鼻息を荒くして、ノクトの頭をひっぱたくと宣言して走っていったが、障壁に乗ったまま絶妙に届かない位置まで浮かび上がったノクトを捕まえることができずに地団太を踏んでいた。

 見本のような地団太にハルカは感心したくらいである。


 しばらく睨みつけていたが、やがて叩くのを諦めて歩き始めた頃にノクトも元の位置に戻った。


「きっといい訓練になりますよぉ、ハルカさんのついでにあなた達も鍛えてあげますぅ」


 ノクトのへらへらとした態度に、アルベルトはムッとした顔をしたが、しばらくそのまま黙って歩いてから、改めて振り返ってハルカに声をかける。


「でも、確かに特級冒険者に鍛えて貰えてるって思えば、悪くねぇか」

「師匠に直接言ったらどうですか?」

「癪に障るから嫌だ」


 ふへへふへへ、と会話を聞いてノクトが変な声で笑う。それをチャンスだと思ったアルベルトが素早く後頭部をひっぱたいた。しかしきっちり障壁でガードされていたようで、又も自分の手を傷めるに終わったようだった。




 山のてっぺんからヴィスタの広大な都市風景を見下ろした。二度目の訪れだったが、何度見たって息をのむような美しく整った光景だ。きっとこれからもここに来ては、この山頂から臨む景色に一度は立ち止まることになるのだろう。


 最初にここに来た時に、コーディが自慢げに説明していた気持ちがよくわかる。


 ノクトも長い人生の中で何度もここを訪れたことがあるはずだが、やはり目を細めてその風景に目を奪われていた。




 それから一週間ほどかけて、ヴィスタへ入る。

 以前は馬車で駆け抜けてしまった場所も、歩いてみるとまた違った発見があって面白い。以前は気づかなかったが、国境付近の街では、プレイヌと同じように、泥臭い冒険者がうろついていた。

 ハルカは彼らが昼間から酒を酌み交わしているのを見て、ほっとしている自分に気づき微笑んだ。いつの間にか粗野な冒険者たちの中にいることに慣れてきてしまっているらしい。

 中央に近づくほどに小奇麗な人が増えてきて、冒険者の姿よりも騎士の姿が増えていく。


 知っている顔には出会わなかったが、今回は顔合わせのために来たわけでもないので、ヴィスタの街に入ってすぐにコーディのお屋敷に足を延ばした。


 昼前には顔を出すと、びしっと身なりの整った使用人の人にコーディが日が暮れる頃に街に戻ると教えられた。

 屋敷で待つことを勧められたので、素直に従って応接室のような場所で休ませてもらう。


 センスのいい調度品に、高そうな革張り椅子が用意されている。磨かれたテーブルは顔が映るようだった。

 仲間たちはそれぞれくつろいでいるが、ハルカはなんだかそわそわして落ち着かない。こういうところで持ち前の気の小ささが出てしまっていた。気を紛らわすために、椅子でうとうとと舟をこいでいるノクトに話しかける。


「師匠、コーディさんに師匠の身分などを伝えても大丈夫ですか?」

「ん……、はいはい?はい、いいですよ」


 目をうっすらと開けて、何を聞かれたのか一度悩んでから、適当な返事が戻ってきた。眠そうにしているが、いいと言っているのだから多分大丈夫なはずだ。段々と緊張しているのが馬鹿らしくなってきたハルカは、折角時間があるのだからと、テーブルの上に王国の地図を広げ、都市の名前や大きな道を確認し始めた。


 日が落ちた頃には、すっかりみんながくつろいでいた。

 ハルカは地図を絨毯の上に大きく広げてみていたし、ノクトは完全に横になって眠っている。モンタナは削りカスが落ちるのも気にせずに石を削っていたし、アルベルトとコリンは何故か無手の手合わせをしていた。


 扉を開けたコーディは、そのいかにも冒険者らしい無法地帯をみて、一番最初に噴き出して笑った。


「いや、しばらくぶりだね。とはいえ、思っていたより早い再会になった。これが喜ぶべきことか、そうでないかは難しい判断だけどね。とりあえず夕食を準備しているから、そんな地べたではなくて椅子に座ってもらえるかい?」


 ハルカは慌てて地図を閉じて、バッグにしまい込み立ち上がる。

 横合いではアルベルトが床に転がされて、腰をさすりながら立ち上がる。コリンはすました顔をして椅子に座ろうとしたが、ノクトは床に寝たままだし、モンタナも動こうとしなかった。


「お久しぶりです。竜便で届けられた便りを見て駆け付けました」

「どうやらオランズにもう着いていたみたいだね、もう数日から数週間はかかるのかと思っていたよ。あーっと、他の人はそのままでもいいよ。食事が来れば匂いに釣られて席についてくれるだろう?」


 ハルカが椅子に座らない面々に目をやると、コーディがそう言ってまた笑った。


「やはり私は外に出ているほうが性に合う気がする。君たちみたいな人を見ていると、無性に旅に出たくなるよ。……仕事が溜まっているから今は難しいのだけれどね」

「コーディさんとの旅は勉強になりますから、機会があればまた是非一緒に」

「そうだね、本題は食事が終わってから話そうか。それまではシュベートでの話でも聞かせてもらえるかな?」

「ええ、わかりました。そこの……、床に寝ている師匠のことも話さなければいけませんから」

「師匠……、桃色の髪に角と尻尾の獣人ねぇ。あててもいいかい?そちらで眠っているのは、ノクト=メイトランド殿ではないかな?」

「ご存知でしたか。多分夕食に釣られて起きると思いますので、今はすいません。……なにぶん老人ですから」


 ハルカの言葉に、ノクトがずりずりと動き出して、顔を上げる。


「聞こえてますよぉ、このぴちぴちの僕を捕まえて老人なんていう、悪い弟子がいますねぇ」

「以前自分でお爺さんと言ってたじゃないですか」

「まぁ、そうなんですがぁ……。さてぇ、こちらが目的の人物ですかぁ。屋敷の立地と大きさを鑑みるに、オラクル教でも身分のある方でしょうし、ちゃんとお相手しましょうかねぇ」


 よいしょ、と言いながらのっそり立ち上がったノクトがハルカの隣に座った。それを見たモンタナが、石をしまい込んでととと、と小走りでノクトと逆隣りに座る。獣人サンドウィッチだ。


 コリンもハルカ側の椅子に座っているのでどうにもバランスが悪い。


「なんだよ、もう飯か?」


 アルベルトもそんなことを言いながら、椅子に座っている全員を見てから、モンタナの隣に座った。五対一で対面の晩餐会だ。


「君たち仲がいいよね、こちらは隣が寂しいのだけれど?」


 両隣に誰もいないコーディが、肩を竦めて自嘲気味に笑った。


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