百七十二話目 ノクトの夜問答二

「確かに真竜の角は妙薬の材料になりますし、その肉を食らうと寿命が伸びるとは言われているんですがねぇ」

「んじゃあノクトさんの角にも効果あるかもしれねーってことか?」

「確かめたことないのでわからないです。でも提供したらそのうち肉も食わせろとか言い始めますよぉ、ああ言う人たちは」


ぞっとしない話だ。

昔何かで見たが、赤ん坊や若い女性を薬として摂るような人がいた時代もあったらしいから、話がエスカレートしていけば、そんな未来も起こりうる。

後ろで野営準備をする兵士たちが、いつかそれに加担するかもしれないもの達かもしれない思うと、嫌悪感が湧き上がってくる。

人が人に食べられるなど、ハルカにはとても許容できることではなかった。


「王国は表向き獣人やドワーフやエルフたちを同じ人であるとしていますがぁ、一部過激な思想を持つものは、亜人を人と思わないものもいます。協力するより、従わせて働かせるべきだと密かに主張するものもねぇ」

「……どうしてそんな国をうろつこうとしてるですか?」

「そんな国でも、僕の力を必要としている人がいるからですよ」


四人は黙ってノクトの話に耳を傾ける。

アルベルトとコリンは、ノクトの話を聞いてずっと複雑そうな表情を浮かべていた。自分達と同じ人族が、他の種族のものを蔑んでいると聞いて、腹立たしいような申し訳ないような気持ちになっていたからだ。

ノクトは手のひらを焚き火に翳して、指の隙間から溢れる光をぼんやりと眺めながら、言葉を紡ぐ。


「僕はね、諦めた顔を見るのが好きじゃないんですよ。生まれや場所で、自分では如何ともし難い状態に陥っている人というのは、あちらこちらにいるものです。僕が一人で出向いてできることは限られますが、僕が手を貸した人が、誰か他の人にも手を貸してくれれば、救う手は倍になります。そんな僕の考えに賛同して手を貸してくれるもの達もいます。期待には応えたいでしょう?」


静かに語るノクトは、確かに神に出会うのに相応しい人物であるように思えた。ハルカは、息を静かにゆっくり吐いて、改めて自分のことを考える。

なんのためにこの世界に来たのか。なんのために力が備わっているのか。

何も告げられていない以上、答えなどないのかもしれない。それでも人に恥じないような生き方をしようと強く思った。

ノクトが「あっ」と抜けた声を出して、さらに話を続ける。


「それでですね、僕の宿クランの名前が、『月の道標』と言うんですけどねぇ……。僕クランのメンバーからも逃げているので、尋ねられたら僕はいないって答えて下さいねぇ?」


いい話をしていたはずなのに突然ずっこけたことを言い出した。コリンがジト目でノクトを見る。


「契約でそんな話聞いてないですけど」

「見つかると拐われちゃうんですよ、拠点に。それで書類処理させられるのが嫌なんです。僕はフィールドワーク派なものですから。もし拐われたらちゃんと助けに来て下さいねぇ?多分最初から見つからない方が楽ですよぅ」


ものは言いようだ。契約違反になるかならないか絶妙なところだった。コリンはしてやられたと思ったのか、悔しそうに空を仰いでから、がっくり下を向いて答えた。


「わかりました、誤魔化すようにします……」


コリンの負けだった。



「そういえば、あの兵士達が本当に師匠の力が必要で、ここまで迎えに来ているということはないんですか?」

「どうでしょう?態度からしてないと思うんですけどねぇ……。あの男爵は、冒険者を嫌う貴族派閥の一員のはずです。以前、僕を騙してツノを削ろうとした伯爵の寄子でもあります。信用するに値しないと思いますよぉ。ハルカさんがどうしてもあの方々の話を聞いてあげてほしいと言うなら、拐われて助けを待つことにしますけど、どうしますかぁ?」

「大人しく一緒に旅をすることにしましょう」


それだけ証拠があって話を聞く理由がなかった。もし本当に力が必要ならもっと必死になるはずだ、そうに違いない。

ハルカはわざわざ拐われたノクトを救出しに行くのは嫌だった。それだけで、ディセント王国の貴族達に目をつけられそうな気がした。争いは起こさないに越したことはない。

パーティの仲間は、ハルカを破壊神のように見ることがあるが、ハルカは至って平和主義なのだ。


コリンは夜間の警戒などを兵士たちに任せて、ぐっすり休んでしまおうという案を考えていたが、ノクトの話を聞いて、結局それをいいだすことはしなかった。

眠っている間に何をされるかわからない。

それに話を聞いていると、ノクトは攫われる時に、積極的に抵抗する意志がないように思えた。

あっさり拐われて、誰かが救いに来るのをニコニコと待つタイプだ。

彼の志を聞いて、一度は感動した物であったが、彼の思想の中に、人に苦労をさせてはいけないと言う物はないようである。

油断していると報酬以上の苦労をしそうな予感に、コリンは気を引き締めて、しっかりと夜警を立てることに決めたのであった。

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