百七十一話目 ノクトの夜問答

 野営地を決めたのは、月がかなり高い位置に上がってからだった。

 一定の距離を保って、先ほどの兵士たちがついてきているのが不気味だ。途中振り返りながら確認したところ、全部で十二人で、そのうちの一人は文官だ。

 この世界に来てから身分の差で不快な思いをしたことが殆どなかったので、先ほどのやり取りはハルカにとって少し衝撃的であった。


 本で読んだところ、王国は歴史があり軍隊が精強であるそうだ。実際ここにいる者で王国に踏み入ったことがあるのがノクトだけだから、詳しい事情はそちらに聞いてみるしかない。

 その辺に落ちている木をみんなで手分けして集める。湿ったものも混ざっていたが、ハルカが無理やりに魔法で火を燃やし続けて乾かして焚火とした。

 今から料理を始めると十分に休めないだろうと判断して、それぞれ携帯食をかじる。

 モンタナがぱたぱたと袖を振ると、その中から乾いた果物を取り出した。あの中で乾燥してしまった物なのか、もともとそう言うものを買いこんでいるのかはわからないが、普通にそれを食べている。

 ハルカはそれを眺めながら、少し離れた場所でガチャガチャと野営準備をしている兵士たちの存在を、頭の隅に追いやった。無心でモンタナの耳がたまに動くのを眺めながら、塩辛い干し肉をかじっていると、コリンが小さな声で話し始める。


「あいつら感じ悪かったけど、王国の連中ってみんなあんな感じなんですか?」


 もそもそとハルカと同じ干し肉を嚙みながらむくれた顔をしているのは、夕食に温かいものを食べられなかったからだろう。一日旅をした疲れは、案外火を通したものを食べているときに取れたりする。ルーティンが崩されたのも不機嫌な理由かもしれない。

 視界の端ではアルベルトが干し肉を枝に刺して火であぶっていたが、ただ焦げ付いただけで、あまりうまくいっていないようだった。それを口に入れて、正に苦い顔をしているのを見ればそれがすぐにわかる。


「そうですねぇ…。こちらの方と比べると、冒険者を雑用係くらいに思っている節はありますよぉ。貴族がそれぞれ兵士を抱えているので、腕に自信のあるものはそこに滑り込んだほうが生活が安定するんですよ。だから冒険者になるのは兵士になれなかったものか、よっぽどのもの好きですねぇ」

「ふぅん……、なんか夢がないわね」

「そうですねぇ。この国、独立商業都市国家プレイヌは、そう思っていた冒険者や商人達によってつくられたんですよ。人族の領土でなかったこの地を、破壊者ルインズ達と戦って奪い、遺跡を発掘し、交通網を発達させ、機を伺って王国から独立したんです。ディセント王国の古くからの貴族や、それに属するものが、冒険者を毛嫌いするのは自然なことかもしれませんねぇ」


 目を伏せながら語るノクトは、何かを思い出すように上がる炎をぼーっと見つめる。静かで物を尋ねがたい雰囲気を壊したのは、焦げた肉を無理やり口に放り、水で流し込んだアルベルトだ。


「それにしてはあいつらノクトさんに殿とかつけてたじゃん」

「招かれてる理由も聞いてないです」


 興味津々な二人の少年に、ノクトは笑う。

 指を立てて、動かしながら、全員に向けて問いかける。


「さて、では問題です。なぜ私が敬称を付けて呼ばれると思いますかぁ?」


 ノクトは人に指導するのが好きなのかもしれない。弟子を取ったことがないと言っていたが、ハルカ達に話しかける姿は生き生きとして、楽しそうに見える。


「特級冒険者だからだろ!」

「んー、一つ正解ですねぇ。でも普通ディセント王国の貴族兵士は、特級冒険者に関わり合いません。昔暴れた悪い特級冒険者がいるのがその理由ですねぇ」


 うへへと変な笑い方をしてノクトが二本目の指を立てた。ハルカの頭には、なんとなく暴れた冒険者の顔が浮かんできたが、口には出さない。

 モンタナがすりすりと、凹凸のない石を指先で撫でながら答える。


「珍しい獣人だから……とかです?獣人について調べたことあるですが、竜の獣人は、獣人族の中でも地位がある、らしいと聞いたです」

「おやぁ、詳しいですねぇ。偉いですよ、モン君」


 モンタナが石を袖にしまって、自分の耳を撫でて少し下を向く。褒められて喜んでいるようだ。ノクトが今度は反対の手の指を一本立てた。


「確かに僕は、獣人の国において、ある程度の身分を持っていますからねぇ」

「あ、わかった!実はノクトさん王族だったりして!」


 冗談で言ったコリンの返答にニコニコと笑うノクトは、左手の指を一本増やす。両手で二本ずつでダブルピースだ。


「せいかぁい。とはいえ継承権は放棄していますし、その身分に実はそんなに意味はありません」

「え、ホントなんだ!?」

「はぁい、ホントですよぉ。今の王の大叔父……、あれぇ、曾祖叔父…あれ?ちょっとわからないですが、その辺にあたりますねぇ」

「……この依頼私たちが受けてて大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよぉ、クダンさんが勝手にしろよっていってたからぁ、多分大丈夫です」


 勝手にしろよのところだけ、クダンの真似をしたのかきりっとした口調で言うノクトの言葉はなんだか頼りない。両手のピースをぴこぴこと動かしながら、ハルカの方を向いて、言葉を待っているノクトに、ハルカは手をひかえ目に上げて回答する。


「治癒魔法で治した人に偉い人がいて、そちらに遠慮してる、とかでしょうか?」

「うーん……、それももしかしたらあるかもしれませんねぇ」


 ノクトは左手の指を引っ込めて、右手をパーに広げ、それからグーにした。


「でもねぇ、一番の理由はおそらく、僕の角を削って煎じると寿命が延びるという噂が広がっているからですねぇ。おバカですよねぇ」


 うへへへ、と緊張感なく笑うノクトは、ちらりと野営をしている兵士たちに視線を送った。






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