百七十話目 望まぬ招き

 山のできるだけ平坦な場所に通された道は狭く、崖すれすれを通っていくような場所もある。

 ハルカは谷を見下ろしてブルリと体を震わせた。もしかしたら今ここから滑落したとしても、いててで済むのかもしれないが、足がすくむのは人の習性だ。

 しかし一緒に歩く仲間たちを見ていると、怖がっている様子も見られない。

 元の世界より死が身近にあって育った人たちにとって、普通にしていれば死なない状況と言うのは、それほど怖いものではないのかもしれない。

 ハルカもこの状況に慣れようと、時折崖を見下ろしながら背筋を伸ばして歩いてみる。

 半日もそうして歩いていると、徐々に状況にも慣れてくる。


 そうしてくると午前中は足に妙に力が入っていたことに気付くことができた。仲間たちは何も言ってこなかったが、もしかしたら怖がっているのはばれていたかもしれない。


 自分の情けなさにハルカが難しい顔をしながら歩いているうちに日は暮れ、段々と森が薄暗くなってくる。山道も徐々に平坦になっていき、やがて道が少し広くなる。

 無事何事もなく今日の行程を終えられそうだと、ハルカがほっと息を吐いたときに、モンタナが耳をピクリと動かして尻尾を立てた。

 モンタナはそのまま歩く速度を緩め、ゆっくりと止まり、少し背伸びをして様子を伺った。何か納得いかないのか、首をかしげてからモンタナは仲間たちを振り返る。


「あっち見るです。なんか堂々と待ってるですよ?」


 目を細めて遠くを見つめると、確かに何者かが道を塞ぐようにしてしている。おそらくハルカ達にも既に気が付いているのだろう。こちらを指さして、リーダーらしき人物が何か指示を出している。

 数人が走って近づいてくるが、鎧を身に着けており、明らかに賊とは一線を画した装備をしている。


 近づいてくるのを見ながら、コリンはノクトの方をみて尋ねる。


「あの、知り合いですか?」

「いいえぇ、知らない人ですねぇ。はい、面識はありませんよぉ」


 何か含みのある言い方に、ハルカも首をかしげる。コリンは疑うような視線でノクトを見つめながら、続けて聞いた。


「どう対応したらいいんですか?」

「僕が攫われそうになったら、撃退してくださいねぇ。そうでなければ無視していいですよぉ」

「あの、師匠、事情とか説明してもらえないんですか?」

「うーん、また後でにしましょうかぁ。ほら、もう来そうですしねぇ」


 目元をひきつらせながらハルカが尋ねると、ぴこぴこと楽しそうに人差し指を振りながらノクトが笑う。


「ちゃぁんと、護衛してくださいね?」


 可愛らしく首を傾げたノクトに、ハルカは空を見上げ、アルベルトとコリンは頭を抱え、モンタナは小さく「です……」と呟いた。




 がしゃがしゃと近づいてくる鎧の兵士たちを無視しながらノクトが歩きだす。

 いくら害のなさそうに見える相手でも、何者かの擬態の可能性もある。ノクト一人だけを先行させるわけにはいかないと、モンタナとアルベルトが小走りで前に出た。コリンも渋い顔をしながら弓を背中から外して、いつでも戦える準備をする。


「【月の神子】ノクト殿ですね。ディセント王国ヘドリック男爵領第三軍に所属しております……」

「はい、道ふさがないでくださいねぇ。アル君モン君、避けて通っていいですからねぇ」

「お、おう……」


 九十度向きを変えて、名乗りを上げる人物を避けてまた道に戻るノクトに、ヘドリック男爵領第三軍に所属していると名乗る男性が、敬礼した姿勢のまま表情を引きつらせた。

 それを横目に申し訳なさそうな顔をしながらハルカが通り過ぎて、ノクトに合流する。後ろから「ノクト殿!」としきりに呼びかけられるが、そのあらゆる声にノクトは反応しない。


 そのままその指揮官らしき人物の下へ辿り着くと、道を完全にふさがれていて、通り抜けることができなくなっていた。

 男はハルカたちを値踏みするように順繰りに眺め、鼻を鳴らして口を開いた。


「ノクト殿、我が主人ヘドリック男爵が貴方を領にお招きするため、我々を派遣しました。ご同行願えますな?」

「生憎その方をご存じないので、お招きは受けかねますねぇ」


 威圧的な態度を受けても、いつもと変わらぬ間伸びした口調ではっきりと断ったノクトに、男はムッとして眉間に皺を寄せた。


「冒険者風情が……」


 小さく呟いた言葉はハルカ達の耳まで届く。とても客人を迎え入れる態度とは思えない。

 確かに冒険者は食い詰でなるものも多く、安定した仕事ではない。しかしその実力と社会への影響力は決して侮っていいようなものではないはずだ。少なくとも今まで巡ってきた国では、こうまであからさまに蔑まれることはなかった。

 ディセント王国においては事情が異なるのかもしれないと、ハルカは認識を改めた。


 プレイヌは元々冒険者と商人が協力して、ディセント王国から独立してつくられたと言う経緯がある。そこには独立せざるを得ない理由があったのかもしれないと、ハルカは考えていた。


「あのぉ、邪魔なんでどいていただけますかぁ?」


 イラつく相手をさらに煽るような発言に、男は怒り剣に手をかけるが、傍にいた武装をしていない文官然とした男に何かを囁かれて、鼻息を荒くしたまま道を開けた。


「我々もこのまま成果もなく帰るわけにはいかぬ。了承いただけるまで、同行させていただく」


 怒りを堪えながら、男は部下達に道を開けるよう指示を出した。ノクトは悠々とその真ん中を通り抜けていくが、ハルカは左右からかけられるプレッシャーに、居た堪れなさを感じていた。

 その囲みを抜けてからも、後ろに十数人の兵士がついてくるものだから、やり難いったらなかった。

 本当は先程兵士たちが駐留していた場所で野営をできればよかったのに、計画もずれてしまう。

 少し歩けばいい場所も見つかるかもしれないと、ハルカはあまり後ろ向きな気持ちにならないように、前方へ目を凝らした。




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