百七十三話目 ぎゅっぎゅと

 それからオランズに戻るまでの間、兵士たちは一定の距離を保ってついてきた。どこかで仕掛けてくるのかとも思えたが、たまに文官らしき男がやってきて、ノクトに交渉を持ち掛けて、毎回すげなくあしらわれていた。

 指揮官の男はイライラしていたようだが、文官の男は最初から厳しい交渉であることを理解していたのか、一貫して落ち着いていた。


 ノクトに話しかけたついでに、一度ハルカと会話をしていくことがあった。ハルカはその男にやりたくもない仕事をさせられている営業の人の幻影を見たが、流石に仮想敵にやさしくはできなかった。


「そちらからもノクト殿に口をきいていただくわけにはいきませんか?交渉すら碌にできず、ほとほと困り果てているんです」


 男は先に年の若い他の三人に話を持ち掛けて、断られた後にハルカに話しかける。

 コリンは話も聞かず断り、アルベルトは「本人に言えよ」と一言。

 モンタナはただ黙って聞いて「です」と言って頷いた。しばらくの間何かを期待したようにモンタナの動きを待っていた男だったが、数十分後にモンタナが不思議そうに男を見て首をかしげたのを見て、手伝いを承諾してもらえたわけではないのを理解したようだった。

 見た目で一番近づきがたいハルカにまでお鉢が回ってきたのはそういう訳だ。


「師匠を招いてどうしようというんです?」

「師匠!あなたはノクト殿のお弟子さんでしたか。道理で風格があるわけだ」


 ハルカはノクトの外見だけを見て、特級冒険者らしい風格を感じたことはない。おべっかを使われているのはすぐに分かった。

 期待をさせるつもりもないので、表情を変えずに黙って返答を待っているハルカに、男は首を振った。


「はぁ……、やりづらいですね、あなた達。これは内密にしていただきたいんですけど、私だってこんな任務成功するとは思っていないんですよ。ただあちらに戻ると、何とかできないなら攻撃すると言われるもんですから、嫌になります。これでもトラブルにならないように努力をしているんですよ?」

「愚痴でしたらお仲間の方へどうぞ」


 かわいそうだとは思うが、ノクトに害を及ぼすかもしれない者達の一味だ。優しい言葉をかけるとずるずると感情を持っていかれそうなので、あえて冷たい対応をする。


「言えたら言ってますよ。ノクト殿の角は不老長寿の妙薬だと噂になってましてね、あ、そんな顔で睨むのやめてください。私はくだらないと思っていますよ」


 じろりと視線だけを相手に向けると、両手を前に出して男はハルカから距離を取った。嫌な気分になってちょっと相手を見たつもりだったが、傍から見ると人を射殺しそうな視線をしている。美人が人を睨みつける姿は迫力がある。


「でもそちらも少しくらい譲歩していただかないと、結局武力行使になりかねないじゃないですか。嫌でしょう、そんなこと」

「……何度もそうおっしゃいますが、それは脅しですか?」

「いやいやまさかそんな」


 否定はしてみるものの、わざわざその言葉をちらつかせてきたのは明確な脅しだろう。ハルカは首を回し、後ろの兵士たちを見る。

 見た目だけで戦力換算はできないが、今のところ彼らからプレッシャーを感じたことはない。アルやモンタナも、戦えばノクト抜きでも勝てない相手じゃないと思うと言っていた。

 ここらで一つこちらからも脅しをかけておいた方がいいかもしれないと思いたったハルカは、おもむろに道を逸れて一本の木に手を当てた。


「何をされているんです?」


 腕に力を込めて、地面に根を張った木を無理やりに押し倒す。ミシミシと音を立てて根が地面からむき出しになっていき、斜めになった木の幹に指をめり込ませて持ち上げる。

 男はぽかんと口を開けて、ハルカを化け物を見るような目つきで見つめた。後ろの兵士たちがざわつき剣を抜く。

 やりすぎたかなと思いながら、それを持ち上げて男に尋ねる。


「私には脅しのように聞こえました。そうだとしたら先に攻撃させてもらいます」


 後ろの兵士たちに向けてそれを投げようとすると、男が慌てたように声を上げる。ちゃっかりその軌道から体を逃がしているのが文官らしい。止めてくれて助かった、本当に攻撃するつもりはないのだから、そうでないと困る。


「ちょちょ、ちょっと待ってくださいよ、そんなわけないじゃないですかぁ!万が一そうなると嫌だから、交渉させてもらえたら嬉しいなぁって思ってただけですよ!」

「私は争いが好きでないので、交渉せずともそちらで何とかしてほしいものです」

「いやぁ、それはちょっと……」

「わかっていただけませんか……」


 その木を力任せに地面に突き刺すと、周囲が少し揺れる。木の中心部が少しひしゃげているのを見て、男の背筋に冷たいものが走った。その力で地面にたたきつけられた哀れな自分の姿を想像してしまったからだ。

 ため息をついて近づいてくるダークエルフに、男は声を上擦らせて答えを訂正する。


「な、なんとかしてきます……」


 逃げるように兵士の一団へ戻っていった男が、それ以降ハルカ達に近づいてくることは二度となかった。


 仲間の下へ戻ったハルカに声がかけられる。


「やるじゃないハルカ!すっかり前衛ね!あの人たち絶対ハルカが魔法使いだと思ってないわよ」

「かっこよかったです」


 きゃっきゃと喜ぶ二人に、苦笑するのはアルベルトだ。


「お前魔法使いなんだから、もっとなんかやり方なかったのかよ」

「私も今そう思っていたところです……」


 最近力の加減の訓練ばかりしていたせいで、頭が筋肉に支配されていたのかもしれない。武闘祭で参加者たちの肉体のぶつかり合いばかり見ていたのもまずかった。もっとスマートに事を済ませる手段が絶対にあったはずだ。と言うか、そもそも暴力的な解決は良くない。


「もっとぉ、こう、数人くらいならクシャッとつぶしても良かったんですよぉ?」


 両手をぎゅっぎゅとしながら言ってくる師匠は、いつも通り平和な顔をして物騒だ。ハルカは全部を全部見習わないように気を付けようと心に決めた。


 既に悪い影響を大いに受けていることには、やっぱり気づいていなかった。



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