八章 ノクトとの珍道中
百六十九話目 国境線沿い
そろそろ慣れてきた作業でもある、旅の為の物資を買い込んだ。
この街で知り合った人々に、そろそろ出立をすることを伝えると、それぞれ挨拶を一つ二つしてくれた。皆が旅慣れており、別れ慣れているので、面倒なやり取りは互いに行わない。
ナーイルには別れ際にまた子供のことを軽い態度で頼まれたので、ただ「わかりました、もし見かけたら」とだけ返しておいた。いわれるだろうと思っていたので、目立った動揺はしていないはずだ。
少し不安だったので、一緒にいた仲間たちに確認をしたが、特に問題はなかったとのことで、ハルカは一安心していた。
翌日の朝、背中に大きなリュックサックを背負ったノクトと合流して、街を出立することになった。
ノクトが体に対して非常に大きな荷物を持っていたので、ハルカが心配して声をかける。
「師匠、荷物が重たくないですか?非力だと言っていた覚えがあるのですけれど……」
「大丈夫ですよぉ、これ、下部分を障壁で支えてるので、実はほとんど背負ってないのと一緒です」
どういうことかと覗き込んでみると、確かにリュックサックを支えるように薄桃色の障壁が展開されている。一般的には魔法を使い続けるほうが労力であるから、こんな使い方をされることはないのだが、彼の場合は特別だろう。
入ってきたのと同じ門から外へ出て、途中の分かれ道でオランズ側へ向かう。大きな都市から大きな都市への道なので、分岐点さえ間違わなければ広い道を進んでいけばいい。それほど難しい道のりではなかった。
国境沿いで山を一つ越えることにはなるが、難所と言えばそれくらいだ。その山のふもとにはモンタナの故郷があるらしいが、彼があまり立ち寄りたくなさそうなのでそこは避けていくつもりだ。
このことは昨日のうちに本人にも確認を取っている。モンタナは少し悩んだ後、ハルカの提案を了承した。道を逸れることになるのではないかと、気にしていたが、そこを避けてもさほど距離が変わらないことを説明されて、納得したようだった。
ノクトは自分のことを非力とは言っていたが、体力がないわけではないようだ。比較的早めのペースで歩いていたが、すべるような足取りでそれについてくる。見た目に惑わされがちだが、彼もまたベテランの冒険者なのだとハルカは納得していた。
そんなハルカにアルベルトが声をかける。
「おい、あいつ歩いてるふりしてるだけだぞ」
見ろよと指を差されよく足元を見ると、足の下から少しだけピンク色の何かがはみ出している。ノクトは歩いているのではなく、動く障壁の上に足をのせているだけだった。器用なことである。
これはこれで技術と言えるとは思うが、あまりの横着ぶりにハルカも半目になってそれを見つめた。彼に体力や筋力がつかない理由がハッキリとわかる移動方法だった。
アルベルトは相手が特級冒険者であるとわかっていながらも、あまり気にした様子がない。良く名前を知っているクダン相手だと畏まっていたのだが、見た目が小さく、態度もやわらかいノクト相手だと、そういう気も起こらないのかもしれない。
寿命の長い種族もいるので、見た目通りの年齢でないことにも慣れているのかとハルカは思っていたが、どうやらそんなこともないらしい。圧倒的に人族の数が多かったし、別の種族のものが人里で暮らすこともまれなのだそうだ。
だから見た目で態度が変わってしまうのも、仕方のないことなのかもしれない。
「なー、ノクトさんって、なんでそんなに攫われやすいんだ?」
「うーん、いくつか理由はあるんですけどねぇ……。治癒魔法が上手に使えるっていうのが一つとぉ。……まぁ、理由を知っても撃退することには変わりないですからねぇ」
曖昧にごまかしたノクトにアルベルトはそれ以上尋ねない。疑問に思ったことを尋ねただけで、雑談程度の気持ちだ。ハルカはそれを聞いて、他にも理由があるんだと思ったが、やっぱりしつこく尋ねたりはしなかった。必要なことならきっとそのうち話してくれるだろうという、理由のない信頼だった。
「どちらにせよしばらくの間は大丈夫ですよ。ここはドットハルト公国の中心部に近いですからねぇ。この国はドットハルト公を中心によくまとまっていますし、悪い人たちは仕事がしづらいですからね」
果たしてノクトの言う通り、これといった襲撃もなく、一週間ほどで国境付近の小さな村までたどり着いた。
村の屋根のある場所で一晩を過ごし、翌日からは山越えだ。
それほど高い山ではないが、のんびりしていると山中で一晩を過ごすことになる。また山の中では、以前モンタナが盗賊たちに追いかけられたこともあると言っていた。
ハルカはここを朝一番で出立して、日が落ちる頃までの強行軍で突破するつもりでいた。仲間たちも旅慣れてきていたし、体力も十分にある。
途中で変に足止めさえされなければ問題ないはずだ。
朝起きて、さぁ行こうと張り切ったところで、ノクトが不吉な一言を発した。
「そろそろあってもおかしくないですねぇ、襲撃。国境付近になりますしねぇ……」
ハルカは表情に緊張を走らせて、先頭を歩くモンタナの横に並んだ。モンタナも山賊に追いかけまわされた経験からか、国境が近づくにつれて、うろうろせずにちゃんと警戒しながら歩くようにしてくれている。
「……モンタナ、よろしくお願いしますね」
「ですね。戦うですか?それとも撤退優先です?」
「道を塞がれていたら、諦めて戦います。もし相手方が気づく前なら、回り道をしてもいいんですが……、森の中に入って道に戻れる自信がないので。それから突破できそうなら、何人かを倒して一気に抜けてしまいましょう……、ってところでどうですか?」
提案に対して意見を求めるために、残る二人に顔を向けると、二人ともが頷いた。
「いいんじゃない?メインじゃない方の通りで待ち構えられてるなら、他のルート通っても何かいそうだし、できるだけさっさと抜けちゃいましょ」
「俺も突破でいいと思うぜ。ハルカは魔法使うのか?前線出るのか?」
「うーん……、乱戦にならない限りは魔法にしておきます」
「相手が殺す気で来てたら、ハルカもちゃんと応戦しろよ」
「……ええ、無力化できなければそうします。できるだけ加減はします。できれば殺したくはないので、突破を優先ということで」
ハルカの曖昧な返答にアルベルトは頭を掻いた。それをちらっと見ながら、ノクトが口をはさんだ。
「まぁ、死ななければ僕が何とかしてあげますよぉ。訓練の一つと思って頑張りましょうねぇ」
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