百六十八話目 手加減上手になったでしょう?

「ルールはどうするかね?」

「武器使っても魔法使ってもいいだろ。どっちかが降参して終わり」

「なんでアルが答えるんですか。……いいですけど」


 ハルカは自分の身体の丈夫さを、理解している。ある程度の水準の攻撃では傷つくことがない。まして障壁を使えるようになった今、ギーツの攻撃でどうにかされるとは思っていなかった。

 問題はどうやってギーツを参ったと言わすかだ。

 手加減の練習の時の様にやれば、大けがをさせることはないと思うが、たまに失敗することがあるので、それが怖い。

 街のチンピラたちを相手していた時の様に、ウォーターボールを頭に被せてしまってもいいが、それは決闘らしくないような気もした。ノクトが見ているわけでもないから、それでもいいかなとも思うが、どうしたものか。

 ハルカが考えているうちに、準備は進み、気づけばギーツが木剣を構えてハルカの前に立っていた。


 木剣を自分に向けられると、なぜこんなことになっているのだろうかという思いに駆られる。あの木剣が自分を傷つけるほどの威力がないことは分かっていても、本能的に恐怖は感じた。


「では、はじめたまえ」


 フォルカーの宣言に、ギーツが剣先をハルカに向ける。てっきり斬りかかってくるものとばかり思っていたのだが、ギーツが魔法の詠唱を始めた。


「石の礫、れ、凝り、飛び、弾け、打て。示す方向に」


 自分の身体の中心部に向けられた切っ先から逃げるように、左に体を動かすと、ギーツはそれに合わせて木剣の先を動かす。当たってどれだけの衝撃を受けるかが分からなかったので、相手の剣先に透明な障壁を浮かべ、走って距離を詰める。


「向かってくるか、喰らえ!いけ、ストーンバレット!!」


 カツンと音がして、石が地面に転がる。それに動揺したギーツの目の前にはもうハルカが迫っていた。手の届く距離まで近づいて、どう攻撃するか迷っているのはハルカだ。

 フォルカーやギーツからすれば、余裕で相手の攻撃を待っているかのように映るその姿だったが、仲間たちからは「あ、困ってるな」というのがバレバレだった。


「くっ」


 一歩引いてギーツが木剣をハルカに向けて振り下ろす。それを払うように雑に振られた腕が木剣に当たり、それを跳ね飛ばす。半ばから折れたそれは、ギーツの手からも離れ、天井にぶつかった後、カランと乾いた音を立てて床へ落ちた。

 ギーツの手は痺れて碌に動かせなくなっていた。

 木剣を生身ではじき飛ばしたハルカは、涼しい顔をしていて、まるでダメージを受けた様子がない。

 ハルカは剣をはじいたほうでない手をにぎにぎとして、手をパーにして頷いた。拳ではなくて平手なら、それほどダメージにならないだろうという判断だ。実際のところ、どちらで叩いてもあまり変わりはない。


「あ……」


 頬に迫る平手を見て、ギーツが小さな声を上げ、そうして体が一回転、意識はポンとどこかへ飛んでいった。


 広間に平手の良く響く音が鳴って、一瞬ギーツの身体が浮き、グルンと回って地面に倒れる。ハルカは手を振りぬいた体勢から、しゃがみこんでギーツの様子を見た。心臓の鼓動よし、呼吸音問題なし。


「大丈夫、手加減上手にできてます」


 満足そうな表情で頷くハルカに、仲間たちはそれはどうだろうかと首をかしげていた。ハルカはノクトとの治療を経て、人の怪我に対するハードルが、以前よりかなり低くなっている自分に、まだ気が付いていなかった。


 食堂へ戻りフォルカーによる歓待を受けていると、途中で頬が真っ赤に晴れ上がったギーツが入ってきた。首にコルセットのようなものを付けているが、命に別状はなさそうだ。

 戻ってくる前に、治癒魔法を使うことをフォルカーに提案したハルカだったが、それは断られた。「少し反省させた方がいい」と言うのがフォルカーの意見だ。

 ギーツは何かを言おうとしたが、口を動かすとひどく痛むのか、涙目になってそれをやめた。


「さて、わが愚息が随分と迷惑をかけた。これからはエレオノーラ嬢に監視してもらうことになるから、次に出会う頃にはしっかり成長した姿をお見せできるだろう。彼女は昔からギーツのかじ取りが上手だったようだからな」


 椅子に腰を下ろしたギーツは、がっくりと肩を落として下を向いている。よほど嫌なのだろうけど、年頃の女性と結婚するのをそれほど嫌がるのは、随分失礼な態度でもある。

 よほど変わった女性なのだろうかと、ハルカは考える。彼女の妹を見る限り、その可能性は高そうだ。

 そういえばあのイーストン大好き少女はどう過ごしているのだろうか。それも少し気になったが、もうそろそろ街を出る自分にはもはやあまり関係がない話かと思う。


 ギーツの無事を確認したハルカ達は、二人に見送られてフォルカー邸を後にする。


「さて、街に立ち寄ったときは懲りずに訪ねてきてくれたまえ。強き者の来訪は大歓迎だ」

「ええ、それではまたいつかお会いしましょう」


 フォルカーに挨拶をすると、横に立っていたギーツももがもがと何かを言っている。


「えーっと、ギーツさんも、お元気で……?」


 自分で怪我させといてそのセリフもどうかと思ったが、別れの挨拶にギーツはモガもが言いながら頷いた。恨まれている様子はないのでほっと一安心だ。


 邸宅を離れて商店街を向かう途中に、ハルカはアルベルトに話しかける。


「どうです?手加減上手になったでしょう?」

「……そうか?」


 思っていたのと違う反応が返ってきて、ハルカはあれ?っと首を傾げた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る