百六十七話目 お見通し
次の日の朝、全員ぼんやりと朝食を取りながら、出発のための物資購入の話や、これからの予定について話していたところ、一人の男が声をかけてきた。
「おはよう諸君。さて、依頼の話なのだが……」
「あ……」
「お?」
「です」
「あっ、忘れてた」
「ん?なんか言ったか?」
三人が皆まで言わず口をつぐんだのに、小さな声だが、はっきりと忘れてたと言ったのはコリンだった。お金のことなのになぜコリンが忘れていたのかと言うと、ハルカを無理に他人と戦わせる気が、最初からなかったからだ。
ギーツは一行の妙な反応には気づいたが、聞こえはしなかったようで訝し気な反応をしている。すぐに気を取り直してギーツはまた話を始める。彼のマイペースに救われた形になるだろうか。
「さて、ではこれからわが父へ嘆願へ向かう事となる。そこで皆にも同行してもらおうと思い、来たわけだ。準備ができ次第行こうではないか」
「えー……、忙しいんだけど」
「ではいつならいいのだ」
「明日には出発する予定だから、数年後とか?」
「ははは、冗談をいう時ではないぞ。その食事を終えたら一緒に行こうではないか」
ハルカとコリンを顔を見合わせる。
一応彼の父であるフォルカー子爵とは顔なじみであるし、ギーツがどんなに騒いだところで、あのしっかりしてそうな子爵がそれを許可するとは思えなかった。
「しょうがないか」
「フォルカー子爵に、出立の挨拶ができる機会だと思いましょう」
二人がこそこそ話しているのに、それを気にもしないのはギーツのいいところだ。ちなみに男二人は最初からギーツの話はあまり聞いていなかった。さっさとご飯を食べ終えたモンタナは、いつも通り石を削っていたし、アルベルトは椅子をギコギコと漕ぎながら、周りの様子をぼーっと眺めていた。
ギーツが大事な話に同席者を招きたいとフォルカーに伝え、すんなりと了承を貰ってきた。彼はそれに手ごたえを感じているようだったが、ハルカは内心首をかしげる。自分たちが来ることを、フォルカー子爵が把握しているのではないかと疑っていた。
「やぁ、数日ぶりだね。そちらのアルベルト君の武闘祭での活躍も見せてもらったよ。その年で大したものだ」
部屋へ入っての第一声がそれだったものだから、ハルカは自分の考えがあっていたことを確信した。アルベルトは偉い人に褒められた経験がないのか、ただ恐縮している。
「それでギーツよ。まさかと思うが、決闘を誰かに変わってもらおうと言い出すのではあるまいな?私は伝えたはずだぞ、相応の実力を養えと。流石に全権を渡すというのはただの脅しではあったが、そうまで言っても努力をしなかったのか?であれば仕方あるまい。お前のかじ取りをしてくれそうな女性を妻として迎えるしかなかろう。幸い先方は乗り気だからな」
「……しかし!」
「しかしもだってもないのだ。大人になるというのは責任をもって約束を果たすということだ」
ぐっと唇をかみしめて考えたギーツは、ちらっとハルカ達を見てから、はっと何かを思いついたように顔を上げる。
さっとコリンがハルカの後ろに隠れた。ハルカは急にコリンがまた甘え始めたのかと、優しい顔で振り返り、その様子を見やった。
「わ、私には既に自分で決めた相手がいます!ここに!」
左手を横へ大きく広げ、ハルカの方へ指先を向けるギーツ。
ハルカは後ろを向いてコリンの様子を見ていたので、それを見ていなかったが、ギーツが好きな人でも連れてきていたのかなと前を向いて、驚いた。
指先が自分に向いているのを見て、それまでの優しい顔をスーッと無表情に戻す。前にしっかりお断りをしたはずなのに、懲りない男だと思った。
「そうなのかな、ハルカさん」
「違います」
「だろうね、馬鹿な息子が失礼なことを言って申し訳ない」
「いいえ、お気になさらず。ギーツさん、その件は以前お断りしましたよ」
「し、しかし……」
「ふむ、ハルカさんはお前がエレオノーラ嬢に勝てる逸材として連れてきたのだったな。ではお前が強者と認めるハルカさんに勝つことができたら、相手を自由に選んで良いといったら挑む気はあるか?」
ギーツはハルカとフォルカーの顔を交互に見て、ハルカに向かって頷いた後、答える。ちなみにハルカはその頷きに何一つ反応は返していない。
「で、ではそうしましょう!挑みますとも!!」
「ハルカさん、受けていただけるかな?」
「え、やめたほうがいいと思います」
「やめとけってギーツ」
「やめたほうがいいです」
「ちょっと待ってください、何で私じゃなくて皆が断るんですか?」
仲間たちはハルカの訓練の成果をまだ見ていない。まるで信用がなかった。ハルカもわざわざ無駄に戦いたいわけではなかったから、断ってくれるのは構わないが、断り方が他にもあるだろうと思う。
「おや、ハルカさんではギーツに勝てないのかな?」
「勝てるに決まってるでしょ」
「勝つです、ぐちゃぐちゃです」
「馬鹿言うんじゃねえよおっさん」
「ちょっと、言葉を選んでください、すいませんフォルカーさん」
一番口の悪いアルベルトの口を押えて、ハルカは曖昧にフォルカーに笑いかける。
フォルカーは少し驚いた顔をしたが、楽しそうに笑った。
「では決まりだな、ついてきたまえ。広間で手合わせでもしよう」
「あ、いえ、私はお断りしたいのですが……」
「頼む、ハルカ!受けてくれ」
「……やめたほうがいいと思いますよ?」
仲間たちの言うことではないが、ハルカも力の制御には自信がない。親の目の前で子供に大けがを負わせたくなかった。
フォルカーについて行きながら、ギーツが小さな声で言う。
「わざと負けてくれればいいんだ、頼む」
ピクリとフォルカーの耳が動く。
「当然、手加減などしないようにな、ハルカさん」
「だそうですよ、ギーツさん。やめておきますか?」
「くっ……」
「ハルカ、手加減してやれよな」
アルベルトが話を聞いて、ハルカの肩にぽんと手を置いた。ちょっと引っかかりを覚えるその態度に、ハルカはため息をついて「わかってますよ」と答え、アルベルトの頭をぐりぐりと乱暴に撫でた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます