百六十六話目 代わりの依頼
食事の席に着いたころにはコリンの機嫌は直っていたが、ハルカが事情を説明をすると、ノクトは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「すいません、そうとは知らず。冒険者が武器を失っている状態は良くないと思い直してしまいました」
ぺこりと頭を下げるノクトに、コリンはすぐには返事をしなかったが、ハルカに視線で促されて、ようやく口を開いた。
「直っちゃったものは仕方ないです」
「はい、でもそれで済む話でもないでしょう。代わりと言っては何ですが、僕から一つ依頼をしたいと思っています」
コリンが耳をピクリと動かし、目をきらりと輝かせた。
頭の中では特級冒険者のお財布事情をはじき出して、計算をし始めている。こういうのを、捕らぬ狸の皮算用というのである。
ハルカはノクトの話し方を聞いて、真面目な話をするときは語尾が間延びしないのだなと思っていた。
どうもこの師匠は、中々計算高い性格をしているとは気づいていた。それでも行動全般に善人の雰囲気を感じていたので、疑いを持つようなことはないのだが。
「僕はこれからゆっくり王国を巡りながら、獣人の国フェフトまで帰ります。期限は定めませんが、そこまで僕がたどり着く護衛をしてほしいのです。報酬は……、日割りボーナスありにしましょう。通常一日で金貨一枚、戦闘が発生した場合臨時で金貨二枚、僕が攫われるようなことがあって、救出してくれれば追加で金貨五枚の支払いをします。支払いは商業通貨でいかがですか?」
「戦闘って言うのは、そのどれくらいの戦闘になります?」
「魔物以上であれば支払いをしましょう」
「破格すぎませんか?ここからプレイヌまで十日で、金貨十枚以上ですよ?王国を巡りながら目的地まで行ったら、えーっと……、何日くらいかかるのかな、ハルカ」
お金の計算早いが、地理の話になるとさっぱりなコリンだった。話を振られたハルカは、地図を広げて北方大陸全体に目を向ける。
ディセント王国はとてつもなく広く、北方大陸の実に半分以上をその版図としている。これまで旅をしてきた、独立商業都市国家プレイヌ、神聖国レジオン、ドットハルト公国を合わせたものより、さらに広いのだ。
「どのくらい寄り道するつもりですか?」
「うーん、旅をしていくだけだから、変わった話があったら寄り道しますよぉ。基本主要都市は巡っていくつもりなのでぇ……、そうですねぇ」
間延びした口調が戻ってきたノクトが、地図の上を何度か指でつつく。その数がとんとんとん、と増えていくのを見ながら、ハルカは頭を右手で押さえた。
「……簡単に日数は出せませんが、半年以上はかかるんじゃないでしょうか?」
「金貨百八十枚!私たち五級冒険者ですよ?!ハルカみたいに規格外でもないし……」
「知ってますよぉ。お詫びも兼ねてますしぃ、僕、お金使う場所がないから、たまには使ってもいいかなぁ」
「お金持ちだ……、やっぱり特級冒険者は儲かるんだ……!」
「じゃあ、受けてもらえますかぁ?」
ハルカがチラリとモンタナとアルベルトの様子を窺うと、二人は黙って頷いた。コリンもうんうん、と期待の瞳でハルカを見つめている。
「では、長い期間になりそうですが、よろしくお願いします、師匠」
「はぁい、これでクダンさんに怒られないで済みますねぇ」
ノクトが立ち上がり、すたすたとそのまま宿の外へ歩き出す。
嫌な予感がしたハルカは、すっと立ち上がりそれについて行く。仲間たちも最後の一言に不安を感じたのか、すぐにそれについてきた。
「あの、それどういう意味ですか?」
「帰るときには強い護衛を雇えって言われてたんですよぉ、安心ですねぇ」
強い護衛と言う言葉に引っかかりを覚える。
クダンからの警戒をしろと言われているのだから、それなりの理由があるはずなのだ。
「うんうん、そろそろ僕がここにいることも、いろんな場所に伝わっているでしょうしぃ、攫われないように気を付けないといけませんねぇ。……今更依頼受けるって言ったこと、撤回したりしませんよね?」
「……そんなに狙われるのか?」
「はい、狙われますよぉ。旅をしていると、十日に一度くらいは結構な規模の襲撃がありますねぇ」
アルベルトの質問に、ニコニコ笑いながらノクトが答えた。アルベルトは内心笑ってる場合じゃねえんだよと頭をひっぱたきたくなったが、表情をひきつらせることでそれを我慢する。クダンが苦い顔で何度もノクトに注意していた気持ちが、わからないでもなかった。
「ほらぁ、ハルカさんって対人戦得意じゃないでしょう?いい訓練にもなりそうだなぁって思ったんですよねぇ。実に名案です。障壁ばかりじゃだめだと思っていたところだったんですよ。受けて貰えてよかったなぁ。即死じゃなければ僕が治してあげますからねぇ、手加減の練習するんですよぉ」
襲ってきた奴らを訓練に使うつもりだと言われて、今度はハルカが表情をひきつらせた。ノクトが以前話していた、不足しているのは自信と経験と勇気、という言葉が頭によみがえる。この旅の間にその全てを何とかしてやろうという、師匠の優しい心遣いに、ハルカは頭を抱えたくなった。
「そんなの聞いてない!」
「聞かれませんでしたからねぇ」
「そ、そうだけど」
「それとも一度諾としたものを、翻すんですかぁ?」
むぐっ、っと何かを言おうとした飲み込んだコリンは変な顔をして、ノクトと見つめ合う。
「……と言うことにもなるので、ちゃんと条件は確認してくださいねぇ。今回はお詫びも兼ねているのでおまけしますよ。人間五人以上による襲撃の場合、それを撃退したら臨時金貨は二枚ではなく、五枚お支払いします」
「わーい!私ノクトさん大好き!」
コリンが小躍りして喜ぶ。
モンタナは最初から今回の旅に不満はないようだ。
アルベルトも考えてみればいい訓練になるんじゃないかと、頭を切り替えて前向きになっていた。ただ、このノクトという特級冒険者にはほんの少し苦手意識は芽生えてしまっていたが。
結局旅に大きな不安を残したのはハルカだけで、パーティの内心は平常と大して変わらなかった。
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