百六十四話目 恐れか憧れか

 決勝戦の立ち上がりは、準決勝の静かな物とは対照的に動きの大きなものとなった。


 レジーナがベールをなびかせて、走り出す。

 今までどっしりと構えていることの多かったシーグムンドも、両手で柄を握り締めてどんと地面を蹴った。その突進は重戦車を思わせるような迫力を持っており、一歩踏み込むごとに舞台の石が悲鳴を上げる。


 リーチがやや長い大槌が横薙ぎに振るわれると、レジーナも手に持った金棒を思いきり頭の上でぐるりと一回転させて、力の限り武器をぶつけ合った。

 どちらも足を大きく横に開き、衝撃に備える。

 音を響かせるための道具ではないのに、鈍く重い金属音が会場に響き、両者の衝撃を支える石畳にひびが入る。


 跳ね返りを利用して互いに武器を引き、そして再び衝突。

 音が響き、また武器を引く。

 示し合わせたように、それが繰り返される。

 そこにはただ互いの力を全力でぶつけ合い、相手を押しつぶそうという意志だけが存在していた。


 激しい武器のぶつかり合いに、観客は大いに盛り上がる。


 永遠に続くのではないかと思われたその意地の張り合いを、シーグムンドが先に嫌がり、ふるう武器の軌道を無理やりに変える。

 戦闘技術が釣り合っていない者同士であれば、これで勝負が決まってもおかしくない一撃だった。しかしレジーナは軌道が変わる直前に、体を無理やり逸らして大槌の一撃を躱す。


 予め武器がぶつかり合わないことが分かっていたシーグムンドが金棒を躱せたのは理解できる動きだったが、レジーナの先を予見したようなその動きに、戦い慣れているものは違和感を覚えた。


「逃げやがったな、デカブツ」

「力比べばかりしていても面白くないだろう」


 シーグムンドは挑発にも乗らずに考える。

 会心のタイミングだったのに、よけられたのはなぜか。この小さな違和感を無視すると、それを起点に負ける未来までもが見えた。

 今までと違う動作をしていたか?そうならないように気を付けていた。わずかな動作を悟られたのだとすれば、思った以上に相手が手ごわい。

 それとも筋肉の動きでも見られたのか。だとしたら反応が早すぎる。


「逃げるんじゃねぇよ」


 次々と襲い掛かってくる金棒の攻撃を、最低限の動きで受けたりいなしたりしながら考えるが、何故動きを読まれたのかがわからない。

 考えているうちにどんどんと追い詰められてきたシーグムンドは、一度距離を離すために、腕への身体強化を重ね、金棒の攻撃をはじき返そうとした。


 そしてその一撃が、すかされ、驚愕したのと同時に脇腹に金棒が叩きこまれる。辛うじてそこへの身体強化が間に合っていたが、あばらの数本は持っていかれたことが分かる。

 痛みをこらえながらも体が吹っ飛ばされた先で、足を踏ん張り立ち上がった。


 ぶっ飛ばされたタイミングでひらめく。

 レジーナが攻撃をすかすために動いたのは、自分が身体強化を重ねた瞬間だった、と。


「お前、魔素を見ているな」

「気づくのがはえーんだよなぁ、脳みそまで筋肉で出来てそうななりしてるくせによー!」


 叫びながら走るレジーナを見て、シーグムンドは全身にくまなく、自分にできる限りの身体強化を施した。

 それを見て口角をにーっと上げたレジーナは、自分も同じことをした。


 効率的な身体強化をせずに全身全霊で一気に勝負をつけにくる。レジーナへの対策としては正解だった。こうなると本当にただ殴り合いをするしかなくなる。ただ地力で勝負をするしかなくなるのだ。


 レジーナはそんな勝負が好きだった。


 互いの武器が互いの身体にぶつかり合う。

 防御を捨ててただ殴り合う。

 凡そ普通だったら一撃で絶命するようなそんな殴り合いが幾度も、幾度も繰り返される。

 全身が打たれ、血が噴き出し、骨が砕けているのが傍から見てもわかる。


 最初は大いに盛り上がっていた観客たちも、徐々に息をのんで顔を青くする。

 ただ街で生きる者たちにとっては、命を懸けるものの覚悟や意地がわからない。

 獣ような咆哮をあげながら、二人が殴り合い続ける意味が分からない。


 多くのものがその姿を恐ろしく思う。子供の目を覆う者すら出てきた。


 そんな中でも目をそらさずそれを見つめ続けるものもやはりいた。


 彼らは冒険者であったり、街を渡り歩く商人であったり、戦い慣れた軍人だ。そして強さに憧れ、いつかも自分もと思うような、戦いの世界で生きる資格のある人間だった。


 ハルカは顔を顰めながらもそれをじっと見つめる。

 旅をして、厳しい世界を知った。冒険者の強さへの憧れを見た。自分も強く生きていこうと願った。

 強者たちの意地の張り合いから目をそらすのは失礼に当たると思った。

 ただその姿があまりに凄惨で、気づけば顔を顰めてしまっていただけだ。


「……羨ましいぜ、すっとこめ」


 隣でシュオが呟いた。拳を強くぎゅっと握りしめて睨みつけるように戦いを見ている。

 ハルカが一度深く呼吸して、周りにいる人間をそれぞれ見てみると、アルベルトやモンタナはともかく、コリンまでもが真剣な表情で戦いに見入っていた。

 柔らかい表情でニコニコと変わらないのはノクト一人だった。


 ハルカもまた二人の意地の張り合いに視線を戻す。

 徐々に勢いがなくなって、武器を振るうスピードが遅くなる。


 限界が近いのが分かった。

 互いの顔に武器がめり込んで、そうして二人ともが仰向けに倒れた。

 そうなっても二人は武器を握りしめて離さない。


 遠目から見るとピクリとも動いている様子が見えず、二人同時に死んでしまったのではないかと疑うくらいだった。


 しばらくすると、カラカラと、ゆっくり金棒を動かして、レジーナがゆっくり動き出す。金棒を杖の代わりに立ち上がる。

 シーグムンドが大槌を握りながらそれを見ていた。


「あたしの……」


 レジーナが顔を上げて何かを言おうとして、目を見張る。


 寝転がったままのシーグムンドが、腕に身体強化を施して無理やりに投げた大槌が顔面に迫っていた。

 それほど勢いのある攻撃ではなかったが、スコンと綺麗に額に槌の面がぶつかり、もんどりうってレジーナが地面に倒れた。


 それからゆっくり、本当にゆっくりとシーグムンドが立ち上がり、足を引きずって歩いて、レジーナの横に落ちている大槌を拾った。


 近くによっても動きださないレジーナを見て、シーグムンドが審判を振り返る。

 審判が勝利の宣言をすると、会場に幾度も続けて銅鑼の音が鳴り響く。

 実況をしていたラッキーJの叫ぶ声を聞きながら、ノクトがすっと立ち上がって歩き出した。


「さて、治しに行きましょうか」

「あ、一緒に行きます」


 またクダンを心配させてはいけないと、ハルカはそれを追いかけるように立ち上がった。

 するとそこにいる全員が、俺も僕も私もと、揃ってぞろぞろと付いてくる。


 一行は何をしゃべるわけではなく、今の試合を振り返って、それぞれの胸のうちに燃え上がっている炎と向き合っていた。


 ノクトはちらっとそれを振り返り、にこにこと笑う。

 冒険者たちの若くて勇む心が見えて、ノクトはとても気分が良かった。

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