百六十五話目 治癒?魔法

ノクト達が治療室に到着するのと、そこへレジーナが運ばれてくるのはほぼ同時だった。

担架で運んできてくれた人に、ノクトが指示を出し、そのままベッドへ寝かせてもらう。怪我をしていないところを探す方が難しいような状態だった。


ノクトがベッドの横に立ち、頭から足まで一通り外傷の確認を行なって、一度ハルカの方を向く。


「これだけ怪我をしているとぉ、正直どこがどう傷ついているのかが分かりませんねぇ。怪我した直後ですし、こう言う場合は僕の方が適任でしょうねぇ」


ノクトは目を細め、腹部のあたりに両手をかざす。しばらくそのまま微動だにせずにいたが、やがて手のひらから光がもれ、それが全身を包んだ。

ほんの数秒して光が消えると、目立っていた腫れや出血が全て消えていた。肌についた血や汚れはそのままだったが、放っておけば死に至るであろう傷を一瞬で治すその姿は、神秘的で犯しがたいものに見えた。

うっすらと微笑むその横顔を見ていると、その可愛らしい顔立ちも相まって、神の使いのようにも見える。


「これで大丈夫ですねぇ。さてぇ、このまま一緒にハルカさんのいる宿にでもいきましょうかぁ」


間伸びした口調で話し始めると、途端に馴染みやすい雰囲気になるのは、年の功なのかもしれない。そのままドアに向けて歩き出したノクトに、アルベルトが声をかける。


「なぁ、シーグムンドがここにきてないのはなんでだ?あいつだって大怪我してたぞ」

「あぁ、実はですねぇ、この反対側にも治療室があるんですよ。そっちで公国の治癒魔法士の方々が頑張っているはずですよ、対戦相手同士お同じ部屋で治して、そのまま争われても困りますからねぇ」

「そうなのか、なるほどな」


少し残念そうな表情を浮かべているのは、おそらくアルベルトがシーグムンドに憧れを持ったからだ。治って目が覚めた時に話でもしてみたかったのかもしれない。

ノクトは外で待機させていた職員にレジーナが目が覚めた時の対応を任せてそのまま廊下を歩き出した。


そうして出口と観客席につながる分かれ道について立ち止まって、後ろを向く。


「あのぉ、そこの悪い子とシュオさんは、ハルカさんの仲間じゃないですよねぇ?」


なぜかずっとついてきていた二人に疑問を持ったのか、ノクトがハルカの方を向いて、首を傾げて尋ねる。


「ええ、まぁ……、知人……と、シュオさんは一応友人……でいいんですかね?」


ちょっと照れながらシュオのことを友人でいいのかと確認するハルカに、シュオは自分の胸をトンと叩いて威勢よく答える。


「おうともさ!だから飯ぐらい付き合わせてくれや」


そう言ってハルカに知人と呼ばれたオクタイに向けて、勝ち誇った笑みを向けた。


「なんだかしらねぇがムカつく野郎だなぁ、お?コラ、やんのかテメェ」

「おうおう、随分元気じゃねぇの!その折れ曲がった剣でやろうってのか、このすっとこどっこい!」


オクタイが舌打ちをして、柄にかけていた手をはなす。格闘家相手に素手の戦闘は明らかに不利なのがわかっていた。


「お、びびってんのかい、知人さんよぉ」

「……感じ悪いですよ、シュオさん」

「冗談じゃねぇか、仲良くやろうぜスカタン野郎!」


ハルカが小さな声で言うと、シュオはころっと態度を変えて、オクタイに向けて手を差し出した。オクタイはイラッとしてその手を払い、一人で会場へ戻っていこうとする。

ノクトが通り過ぎて行こうとするオクタイに声をかけた。


「剣がないのは不便でしょう?直してあげますよぉ」

「は?どうやって直すんだっての」

「どうやってってぇ、こうやってですよぅ」


無造作に剣へ伸ばしたノクトの手が光り、すぐに収まる。


「はい、直りました」

「……は?何言ってんだ?……直ってる?」


あまりノクトと関わりたくなかったのだろうオクタイが、少し身をひきながら剣を確認して、訳もわからずに呟いた。


「……師匠、師匠?もしかして師匠の治癒魔法って、何かを元の形に復元する効果ですか?」

「んぅ?そうですよぅ?そう説明したつもりだったんですけどねぇ」

「あぁぁああ!依頼が一個なくなった!!」


しゅばばっとオクタイのそばに寄って、剣が本当に治っていることを確認したコリンが悲痛な叫びを上げる。そしてその反応に引いていたオクタイから剣を奪い取って、ハルカの元に持ってきた。


「ハルカ!曲げて!折ってもいいから、早く!」

「てめ、返せ!せっかく直ったのにわざわざ折る奴がいるかよ!!バカコラ!」

「うるさいうるさい!」


剣を持ったまま、オクタイが取り返そうとするのを華麗にかわし、しばらく逃げ回るコリン。


「ハルカ!パス!」

「え、あ、はい」


抜き身のままの剣を投げられて、落とすわけにもいかず、ハルカはそれを受け取った。傷つかないだろうとわかっていても、剣を素手で掴むのは結構怖い。


「おい!返せ!」

「え、あ、はい」


オクタイに迫られて、素直に返すと今度はまたコリンが悲鳴をあげる。


「あぁあ!なんで返しちゃうの!折ってってば!」

「コリン、ダメですよ、人のものを勝手に折ったり曲げたりしたら」


オクタイからまた剣を奪おうと突進してきたコリンの手を捕まえて、その場に止まらせる。


「でもでも、依頼料!」


涙目で騒ぐコリンを捕まえたまま、どうしたものかなと考えているハルカの耳に、横からノクトの声が聞こえてきた。


「僕なんかやっちゃいましたぁ……?」


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