百四十話目 男の子の憧れるカッコよさ
コリンのご機嫌を取るために屋台で甘いものを買って戻ってくると、次の試合が始まろうとしていた。
皆が試合の合間に買い物をしようとするから、結構混んでいるのだ。
「コリン、お菓子買ってきましたよ?」
「そんなことで機嫌を取ろうとしてもダメー」
コリンはふんっとそっぽを向きながら袋を受け取る。
彼女はご多分に漏れず甘いものが好きだ。自分ではあまりお金の無駄遣いをしないので、たまに買ってあげると喜ぶ。
言葉で言うほど怒っていないはずだ。
「あれあの頭おかしい女と殴り合いしてたやつだ」
「街に入るときに前に並んでたです」
まるで山のような、という形容詞がよく似合う男で、その体躯に合った巨大な槌を肩に担いでいる。鈍く光るそれはおそらくただの木槌ではない。
対面する男も背が高くがっしりしていたが、彼に比べると頭一つ分くらい小さい。大剣を背中に担いでいるところを見ると、膂力には自信があるのだろう。
司会による選手紹介が終わると、二人ともが両手でその武器を構えた。獲物は違えど腰を低くする構えは似通っていた。
大きな男の名前はシーグムンドと言う冒険者で、普段は遺跡の探索をしているそうだ。あれだけ大きいと狭いところは苦手そうだが、遺跡と言うのは案外広いのだろうかとハルカは首を傾げた。
試合開始の合図がなされても、二人ともじりじりと距離を詰めていて、中々大きく動き出さない。
先に動いたのは大剣の男だった。
姿勢が一瞬沈み、大剣が斜め上に横薙ぎに繰り出される。
対応するようにシーグムンドの槌が斜め下へ振り下ろされた。
武器同士がぶつかり合うと、大剣使いの男の身体が独楽の様に一回転した。完全に槌に押し切られて勢いをころしきれずに体まで回転してしまった形だ。
男も一端の武人であったから、武器からは手を離さない。一回転して相手の姿見えないまま、無理やりに回転を利用して、もう一度横薙ぎを繰り出す。
それを槌がまた反対から迎え撃つ。
火花を散らせた武器がぶつかり合い、そして大剣が中空へ吹き飛んだ。
大剣使いの男の手首が、明らかに曲がってはいけない方向へ曲がってしまっていた。男は手を震わせながら降参を宣言した。
シーグムンドはくるりと向きを変えて、悠々とステージから降りて行った。勝利を誇ることもせずに、淡々としたその姿は、ハルカにはとてもかっこよく見える。物語に出てくるような強者の姿そのもののように映った。
「かっけぇ……」
「かっこいい……」
「です……」
ほぼ三人同時に呟いて、互いに顔を見合わせる。
「だよな!かっこいいよな!俺もああいう勝ち方してぇ!」
「やっぱり強者多くを語らないんですね……!」
「ふーん、そうねぇ」
ニコニコと盛り上がる二人に、まだご機嫌斜めのコリンはそっけなく反応してぼりぼりとクッキーをむさぼっていた。
アルベルトがそれを見て何かを言おうとしたが、ジトっとした目でコリンに見られて引き下がる。
「でも、あれだけあいつが強いってことは、やっぱりレジーナってやつも強いんだろうな」
「誰だっけ、レジーナって?」
「あの怖い女だよ」
「あぁ……、あの怖い女の人ね」
コリンが曖昧な説明に頷いた。今怖い女と言えば彼女というのが全員の共通認識のようだ。
昨日街に出たときに遭遇してしまったハルカは、それは言わないでおこうと思った。きっと口にすれば、やっぱりハルカは一人で外に出すと危ないだなんだと言われそうな気がしたからだ。
その席を確保したまま屋台で昼食を確保して、午後の試合を待った。
まだレジーナにオクタイ、それからイーストンが試合に出ていない。イーストンは不戦勝になるわけだが、ハルカとしては見てみたい試合が続く形になる。
トーナメント表によれば午後の第一試合は、怖い女、鉄砕聖女レジーナである。
昨日少し話した限りではそこまで分別のない相手のようには思えなかったが、実際にやってきたことを思い出してみると、やっぱりやばい奴だ。
強さに執着している様子を見ると、もしかしたらあの乱暴な態度にも何か理由があるのかもしれない。
彼女の姿が見えると会場が盛り上がるのはなんだか不思議だ。皆からバッシングされてしかるべきだろうに、意外に人気がある。サファリパークでライオンが傍に来た時の感覚に近いかもしれないとハルカは思った。
会場に向けて中指を立てて舌を出している。
相変わらずぶれずに全方面を挑発する人物である。
何か大きな声で対戦相手に話しかけながら、獲物である金棒をぶんぶんと振り回す。何を言っているかはわからないが、対戦相手の女性が顔を顰めているところを見ると、どうせろくでもないことを言ってそうである。
対戦相手の凛とした女性は、右手にレイピアを左手にマンゴーシュを携えている。顰め面をしながらレジーナの様子を確認していた女性は、左手のマンゴーシュを鞘にしまった。
あの金棒を小さなマンゴーシュで受け流すのは難しいと判断したからだろう。
レジーナは今度はそのマンゴーシュを指さして笑っている。
間違いなく禄でもないことを言っている。聞こえずとも全員がそう思った。
女性は全身で大きくため息をついて、目を閉じた。もう相手の言うことを聞かずに開始を待つことにしたようだ。
レジーナがつまらなさそうにして唾を吐き、しゃべるのをやめる。
ざわつきも収まった会場に試合開始の銅鑼の音が響く。
はじまるとすぐにレイピアを持つ女性の姿が掻き消える。
一瞬多くの観客が見失うくらいに早い動きだった。
彼女は腕を伸ばし、細いレイピアがレジーナの右肩に迫る。レジーナはその場を動かずに、右手に持っていた金棒を左手に持ち替える。
レイピアがレジーナの右肩を貫き、背中側から切っ先が顔を出す。
会場がどよめいた。
もしかして勝つのだろうかと、多くのものが前のめりになる。
利き手である右を使えなくしたことで、有利を取ったことを確信した女性は素早くレイピアを引く。彼女もこれくらいのことでレジーナが降参するとは思っていない。
レジーナはにたーっと笑う。痛みを感じていないのかと思わせる、気持ちの悪い笑いだった。レジーナが強引に体を右に捻って、肩に刺さったままのレイピアをへし折った。
そのままレジーナはねじった体を戻しながら、左手で無理やり金棒を横薙ぎする。
すぐにレイピアから手を離した女性は、腰に差したマンゴーシュを抜いて、その丸く盾の様な造りをしている鍔の部分で、金棒の一撃を受け流そうとした。
それと同時に地面を蹴って衝撃を少しでも逃そうと足掻く。
金属のぶつかり合う音がして、女性がボールの様に二度、三度とバウンドしながら舞台の上を転がった。
レイピアが刺さったままのレジーナが走る。左手に持った金棒を振り上げて、倒れる女性に向かって振り下ろす前に審判が試合の終了を告げた。
レジーナが振り上げた金棒を床に向けて振り下ろすと、ステージが砕けて石が舞う。
肩に刺さったレイピアを自分で引き抜き倒れる女性の横にそれを放り投げる。審判が何かをレジーナに注意するが、彼女はそれを無視して振り返って舞台から降りていく。
肩口からは血がどくどくと流れ出している。あれはあれで重症だ。
「相変わらず強烈な戦い方ですね」
「だな……、でもつええよ、あいつ」
難しい顔をしてアルベルトが腕を組む。何かを考えているようなので様子を見ていると、大きく頷いて口を開く。
「予選では本気出してない奴が多かったみたいだな……。俺も、やっぱり隠し技とか必殺技とか身に着けたいぜ……。なぁ、なんかいい案ないか?」
「……いやぁ、私剣士ではないので」
ハルカは光の剣を飛ばすなんとかストラッシュやら、天を翔ける龍の抜刀術なんかを思い浮かべながら、曖昧に返事をした。
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