百三十九話目 仲良し

「まさに、肉を切らせて骨を断つ、と言うやつでしたね。狙っていたんでしょうか」

「狙ってたんじゃねぇかな……。勝つために覚悟を決めたんだろ」

「私にはああいう覚悟はできそうにないです」

「ハルカはどうせ切れないだろ」


 感服して首をゆるゆると振るハルカに、アルベルトが身も蓋もないことを言った。


「そうじゃなくて、勝つためだけに自分の身体を犠牲にする覚悟ができないって意味です」

「ふーん、なんか理由があればできるのか?」

「それは……、その場面になってみないとわからないですけど」


 例えば自分の腕一本で、大事なものが守れるとしたら。

 そんな想像をしてハルカは右腕を撫でる。

 もしそんな場面が来たら、自分は腕を犠牲にできるような人間になりたいとは思ったが、やっぱりできると胸を張って言うことはできない。


「だよなー、俺もできるとは言えねえや」

「意外です。アルならできるっていうのかと思ってました」


 アルベルトは渋い顔をしてハルカを見た。

 普段から感じていたことだが、ハルカは仲間を過剰に評価している気がしている。

 アルベルトとしてもその期待に応えたいという気持ちはあるが、あまり大きく見られすぎるのもプレッシャーだった。


「あのなー、そうなれたらカッコいいって思うけど、そんな簡単に決められるわけねぇだろ。戦ってて気持ちが盛り上がってたら勢いでやっちゃうかもしれねぇけどさ」

「多分アルならそうするんでしょうね」

「だから、何でそうなんだよ。わかんねぇって」


 やっぱりハルカのアルベルトに対する評価は高い。

 今よりもっともっとすごい奴にならなくちゃならないという思いに駆られる。

 ずっと背中を押されているような状態で、前のめりで走り続けなければいけないのは正直しんどかったが、アルベルトも立ち止まるつもりはなかった。

 今回の武闘祭は負けてしまったが、絶対に何かを得てここを去りたいと思っている。


 ハルカこそ自己評価が低すぎるのだ。

 アルベルトから見ればハルカは自分達とパーティを組んでいるような人間じゃない。依頼を受けて冒険に出れば出るほどハルカの底が見えなくなっていく。

 ところがその背中すら見えていない相手が、自分のことを評価しているのだ。

 立ち止まっている場合じゃない。


 試合を見ていると、もっと勝ち残って試合に出たかったと思う。そのほうがきっと得るものは多かったはずだ。観戦するしかない自分が情けなかった。


 昨日分かったことだが、モンタナはアルベルトより先に身体強化ができるようになっていた。しかも様子を見ていると他にも隠し事がある。戦いにおいて、出せる手段は多ければ多いほど強い。

 本気でやりあったら、今はまだ勝てないとアルベルトは思っていた。


 アルベルトは短気で感情的な人間だったが、戦いについては冷静に考えられる戦士だ。熱くなっても、頭に血が上っても、何をどうすれば勝てるのかということは常にもう一人の自分が考えてくれている。

 これは父によくよく言い聞かされてきたことで、アルベルトの身体にしっかり染みついた癖だった。

 だからこそ思うのだ。もっと強くなりたい、もっと強くなれるはずだ。気持ちは熱くなりながらも、いつも強くなるための道筋を探していた。彼がこの年齢でこれだけ強い理由はそこにあった。


「なぁに変な話してるのよ。いざって時のことなんて、その時にならないとわかんないに決まってるじゃない。ピンチにならないように頑張ってよね」

「うるせぇなぁ、わかってるよ、そんなこと」

「ホントぉ?自分を犠牲にして人を助けるより、スマートに勝利して全員元気の方がいいんだからね?」

「お前、わかってねぇなぁ!そうだけどそうじゃねぇんだよ。ピンチでも乗り切れるのがかっこいいんだろ!」

「そうだけどやっぱり怪我なんかしない方がいいわよ。あんたが負けたとき私結構焦っちゃったもん」


 ハルカとモンタナは首をかしげて顔を見合わせた。

 二人にはコリンがあの時焦っていたようには見えなかったからだ。誰よりも冷静に行動していたし、顔も平然としていた。

 アルベルトがそれを見て、疑わしそうにコリンを見る。


「ホントかよ?」

「あ、何よ皆して!心配してなかったら席立たないでここでお菓子食べてたわよ!」


 そういえばハルカはよく見ていなかったが、一番最初に席を立って階段に行っていたのはコリンだったような気もしてきた。少なくともアルベルトの下へ向かう時先頭を歩いていたのはコリンだ。

 途中で道を間違えてモンタナが先頭になったけれど。


「私もコリンはそこまで心配していないのかと思ってました」

「ひどい!ハルカまでそんなこと言うんだ!」

「あ、いえ、悪い意味ではなくてですね……。信頼しているからあれくらい大丈夫だと思っていたのかなと」


 コリンは口をとがらせて腕を組んだ。


「あのねぇ、皆して私のことなんだと思ってるのよ。心配になるに決まってんでしょ。そもそもこいつのことが心配なのもあって私冒険者になったのよ」

「そういえばそんなこと言ってましたね、最初の頃」

「あーあ、私のことをわかってくれるのはモン君だけね」

「…………ですですです」


 コリンがそういってモンタナを見ると、モンタナはピンと耳と尻尾を立てた後、視線をすーっとコリンから逸らしながら三度もこくこくこくと頷く。


 ふくれっ面になったコリンはその後しばらく不機嫌だった。


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