百三十八話目 第三試合
観客席へ戻ってきたタイミングで、一際大きな歓声が上がる。
舞台を見てみると、ナーイルが右手を上げて勝利を観客にアピールしていた。
左手をだらりと下げているところを見ると、決して楽な戦いではなかったのであろうことがわかる。
それでもしっかりと女性からの声援をもらって、男たちからはちょっと敵意を向けられているのは典型的なモテ男だった。
帝国の将校と言われていたが、その割には硬い印象のない人だと、ハルカはウィンクする男を見下ろして思う。
アルベルトたちの座る席が見えてくると、あちらもハルカに気づいたようで、手を振って場所を教えてくれる。
「なんだ?迷ってたのか?」
到着したハルカに最初にアルベルトがかけた言葉がそれだった。彼らにとってはそれが日常茶飯事なのかもしれないが、ハルカは滅多に道に迷うことなどない。
「迷ってませんよ。ノクトさんと少しお話があっただけです」
ハルカが笑いながら返事をすると、アルベルトがジッとハルカを見る。
「なんかいいことでもあったのか?」
「なんでです?」
「だって、ハルカそんなふうに笑うことあまりないじゃんか」
ハルカは自分の頬を手で撫でた。
確かに自然に口角が上がっていたようだ。
ちょっと気の持ち方が変わっただけで、表情にまですぐ影響が出たようだ。自分の単純さに自嘲する。
「そう?でも最近ハルカ笑ってること多いわよ?」
「そういえばそうかもな」
「みんなのお陰ですよ」
気の置けない仲間がいると言うのはいいことだ。これまでの人生では、いつも誰かに気を遣って生きてきた。
彼らなら、自分が笑ったり怒ったり、多少のわがままを言っても、受け入れてくれるんじゃないかと思える。
「そのせいで最初の頃より何考えてるか分かりやすくなっちゃったけどね。私ハルカを一人で街に出すの心配だもん」
「心配しなくても、私も大人ですから、早々トラブルに巻き込まれたり……」
昨日一日一人で外を歩いた時のことを思い出して、ハルカは口をつぐんだ。思い出すだけでも、色々と起こっていた気がする。
「とにかく、大体のことはなんとかなりますから」
「やっぱり心配だなぁ……。昨日なんかあった?」
コリンは言い淀んだハルカを疑わしそうに見た。
何をトラブルとするべきか、ハルカは考えてみて、それから首を横に振る。別に問題ごとは起こしていないから、トラブルは無かったことにした。
「何もなかったです」
「嘘っぽい!」
「ないって言ってんだから、ほっといてやれよ」
串焼きを食べながら、アルベルトが仲裁に入る。それから続けてハルカに尋ねてきた。
「そういやさっきでかい音したけど、下でなんかあったのか?」
「あー……、いえ、転びました、かね?」
「嘘つけ!転んだだけであんな音出るわけないだろ!」
「えーっと、激し目に転びました」
「おい、コリン!こいつなんか隠してるぞ!」
「よし、白状させるわよ」
「いえ、隠してるわけじゃないんですが、どこから話すか迷っていただけで……」
試合が始まるまでのインターバルで暇だったのもあって、二人してしつこく聞いてくるので、ハルカは早々に白旗を上げた。
夕食の時には話すと約束をして、質問攻めからは解放してもらう。何をどう話すか、それまでに考える必要が出てきた。
ノクトの神様関連の話も、どこまで話していいのかわからない。秘密と言われていたから、言及は避けるべきだ。
そんなことを考えているうちに、次の試合が始まろうとしていた。
司会の紹介が始まると、アルベルトは途端に真面目な顔になって舞台に集中し始める。
舞台にあがったのは格闘家と、アルベルトと同じような剣を使う剣士だ。
格闘家は手甲をつけているが、リーチを考えると剣を相手するのは難しいように思えた。
戦いにおいてリーチの差というのは、如実に勝敗に影響を与える、はずだ。少なくともハルカの知識によれば。
試合が始まるドラの音がなると、格闘家の方が一気に距離を詰める。それは第一試合のアルベルトの姿を彷彿とさせる。
剣士は油断なく構えており、相手がその拳の間合いに入る前に牽制のように剣を振り、近づかせない。
格闘家はそれを避けたり、手甲で受け流したりしながらさらに距離を詰めようとするが、なかなか難しいようだ。呼吸が途切れるたびに二人は距離をとり試合時間はあっという間に十五分ほどが経過した。
互いに疲れが見えてきたのか、大きく息を整える様子が見える。そうしてやっぱり格闘家の方が先に攻撃を仕掛けた。
剣が振り下ろされて、格闘家にそれが迫る。
攻撃に集中しすぎたのか、避けられない距離だ。
格闘家が右の前腕を剣に差し出して、体を守る。
腕が切り落とされると思い、ハルカは怖くて目を細めたが、そうはならなかった。
腕の半ばで剣が止められ、剣士が驚きの顔を見せた直後、格闘家の足が剣士の顔面を襲った。
倒れる剣士。腕に剣が食い込んだままの格闘家が、どかっとその場に座り込んだ。剣を乱暴に抜いて、その手を上げて、出血を押さえながら、喚いている。
痛くて声を上げているのは遠目からでもわかった。
試合終了が告げられて、二人の参加者が舞台の外へ運ばれていく。
格闘家は相変わらず元気そうに何か喚いていたが、会場の歓声にかき消されて、それは聞き取れなかった。
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