百四十一話目 路地裏の兵士

「あいつホントにあんなに強かったのかよ」


 大きく弧を描いた剣を使うオクタイは、易々と相手の剣を捌いて、眼前にその切っ先を突き付けた。

 今までの戦いでは双方が負傷することが多かった。これだけスマートに勝利できるというのは、その実力が大きく開いているということだ。

 その動きは荒く見えるが、素早く力強かった。


「私にはどれくらい差があるのかわかりませんが、やっぱり強いですか?」

「俺もはっきりはわからねぇよ。でも、今オクタイの相手してたやつも、結構強かったはずだぜ」

「予選では結構苦戦していたイメージがあったんですけどね」

「集団戦と個人戦は動き方が違うですから」

「どう違うんですか?」

「生き残るか、勝つかの違いです。集団戦で生き残ろうとした場合、周りにいる多くの人間は敵であり味方ですけど、勝とうとした場合は全員敵です」


 アルベルトは感覚では理解しているはずなのに、モンタナの小難しい説明を聞いて首を傾げた。座学は向いていないようだ。


「確かに、最後の四人に残ろうと戦うより、全員倒そうとして戦う方が難易度は高いですね。なんとなくわかりました。つまり……、オクタイさんやレジーナさんが特別強いってことになりますか?」

「それはなんか違くねぇ?」


 よくわからないが違和感を覚えたアルベルトが突っ込みを入れる。ハルカも何となく違う気がして首を傾げた。

 何が違うのか考えて、これかなと思った時、横からコリンが口をはさむ。


「それって結局生き残ろうとして戦ってた人が賢いだけで、弱いとはならなくない?」

「です。だからそういう人は、予選でどれだけ実力を隠していたかってことになるです」

「うーん……。ま、結局勝った人が強いってことよね」

「そですね」


 コリンが腕を組んで考えこんで、当たり前の結論を出した。

 これはその通りで、誰が一番強いかっていうのを決めるためのお祭りなのだから、これが最後まで行けばおのずと答えは出るのである。


 たわいない雑談をしながら次の試合を待っていると、司会からお知らせが入った。


「えー、本日もう一試合行う予定でしたが、どうも選手が一人、朝から顔を出していないようです。そのため第七試合をジャン=ぺーぺ選手の勝利、第八試合は元々シードでありましたので、イース選手が二回戦進出となります。明日からの準々決勝をお楽しみください」


 ハルカは説明に何か違和感を覚えながらも、そうかそうかと話を聞いていた。

 アルベルトも立ち上がって背筋を伸ばす。


「なぁんだ、今日はもう終わりか。……なんか疲れたし今日は早めに休むか」


 珍しい発言に、全員がアルベルトを見た。

 まだ昼を少し過ぎたくらいの時間だ。普段だったら訓練しよう、観光しよう騒いでいてもおかしくない時間だ。


「大丈夫、熱でもあるの?」

「ねぇよ!」


 手を伸ばして額に触ろうとする手を、アルベルトが首を振って避ける。

 アルベルトもここまで元気な様子を仲間に見せていたが、やはり負けたことや、勝ち残った選手の強さを見ていろいろと思うことがあったのだ。

 そんな繊細なところを見せるのが嫌で、早めに休むかと言ってみたものの、仲間にとってはおかしな発言にしか聞こえなかった。


 ハルカはアルベルトのおかしな発言に、繊細な少年の心をなんとなく感じ取っていた。アルベルトをからかうコリンの肩をトントンとつついて、注目を自分に向ける。


「実は昨日おいしい食べ物を売る屋台を見つけたんです。一緒に行きませんか?アルも治癒魔法を受けたとはいえ、身体を治すのに体力を使ったんじゃないでしょうか。ね、アル?」

「あー……、そうだな。なんかそうかもしれねぇな」

「……ま、いっか。じゃ、一度宿に戻ってから出かけましょうか。モン君も来るでしょ?」

「いいですよ」


 アルベルトの顔をじーっと見たまま固まっていたモンタナは、ふいっと視線をそらして承諾する。

 真剣に訓練をするアルベルトにずっと付き合っていたモンタナにも、アルベルトの気持ちは分かっていた。それでもアルベルトの負けず嫌いなところをよく知っているモンタナは、放っといても勝手に元気になるだろうと判断した。


 ハルカの気に行った屋台の話なんかをしながら、四人はのんびりと宿に戻ると、アルベルトを部屋に置いてまた外へ出かける。


 ハルカのお気に入りの米の料理は、コリンには不評だった。

「なんかつぶつぶしてて食べづらい」そうだ。確かに日本の米よりはパサつきが強く、甘みは少ない。

 その分香辛料でいい味がついていると思ったのだが、力説しても首を傾げられるばかりだった。

 モンタナは黙っても食べていたので、嫌いではなかったのかもしれないけれど、美味しいという言葉が聞けなかったのが残念だ。

 いつかうまいコメを食わせてやろう、ハルカは静かに心に誓った。


 そんな微妙に悔しい思いをしながら歩いていると、昨日子供たちにご飯を上げたあたりに、たくさんの兵士が集まっているのが見えた。周りには野次馬もいるが、兵士たちがそれを追い払っている。


「なにかあったんでしょうか?」


 昨日出会った子供たちに良からぬことがあったのではないかと、心配になったハルカが眉をひそめる。中を覗こうと顔を動かしてみるが、しっかりと兵士たちにガードされていて何があったかわからない。


「これだけ大ごとだし、何かあったんでしょうね」

「うーん、何があったんでしょうか……」


 誰か事情を知っているものがうわさ話をしていないかと、きょろきょろ辺りを見回していると、見たことのある顔を見つける。

 人ごみから少し離れたところで、イーストンが難しい顔をして兵士たちを見つめていた。




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