百二十八話目 ドキドキ待機時間

「緊張してるならハルカに背中叩いてもらう?」

「うるせぇ、いらねえよ!」


 減らず口を言い合って、アルベルトが選手の控室へ行こうとする。


「ちょっと待ってください」

「ん?」


 それを呼び止めてハルカが近づく。正面に向き合うと、視線はほぼ同じだ。

 半年ちょっと前はもう少し背が低かったのに、子供の成長は早い。少し前にも思ったことだが、あと半年もしたら背は抜かれそうだった。


「私だけ激励できないのは嫌なんです」


 ハルカは両手を伸ばしてアルベルトの頭をぐちゃぐちゃに撫でる。アルベルトの身体はグワングワン揺れるが、彼はされるがままになっていた。


「はい、頑張ってきてください」

「揺らしすぎだ!ハルカって偶にうちの親父みたいになるよな。……頑張る」


 プイッと振り返って歩く姿は照れ隠しのように見える。ハルカは微笑みながらそれを見送った。

 コリンが横に並びアルベルトに文句を言う。


「うら若き乙女に失礼でしょ!」


 いえ、それについては間違いないです、とは言わない。


「いいんですよ。さぁ、観客席に行きましょう。まだ早いですからいい席をとれるはずです」





 まだ観客席が疎らなのは相当に時間が早いからだ。

 上部の屋台は準備中だし、観客席は掃除中。リングでは演奏隊がリハーサル中だ。

 こんなに早く来たのはアルベルトがそわそわして早く目を覚ましてしまったせいだ。

 彼は最初のうち一人で先に行こうとしていたが、同じようにそわそわして目を覚ましていたハルカにとめられて、結局全員で一緒に会場に向かうことになった。

 治癒魔法を受けていたアルベルトは元気だったが、昨日訓練に付き合っていたモンタナなんか、半分以上眠った状態のままついてきている。

 かわいそうなので背負って行ってあげようと思ったが、流石にそれは断られた。

 今も隣でこっくりこっくり舟をこいでいる。


 それを見ているとなんだかハルカも眠たくなってきた。昨日あまり眠れていないのだから仕方がない。

 コリンがハルカの方を見て提案する。


「ハルカも寝てたら?どうせ始まったらあの髭が騒ぐからわかるわよ」

「いいですか?すいません……」


 寄りかかってくるモンタナの体温を左腕に感じながら、ハルカはうとうととし始める。朝日が眩しいが温かい。フードを目深にかぶれば眩しさはあまり気にならなかった。

 とりとめのないことが頭の中をめぐる。

 モンタナは子供みたいに小さいから体温が高いのかもしれない。これ以上大きくならないのだろうか。

 コリンは眠たくないのか。そういえばこっちのタイプは聞いてくるけど、コリンのタイプは聞いたことがないな。

 アルベルトは勝てるだろうか。怪我をしないといいのだろうけれど。緊張してはいないだろうか。



「さぁ、お待たせいたしました!!」


 ざわざわとした人々の声に、たまにふと意識が浮上してきてはいた。

 しかし突然の大きな声が聞こえてハルカはびくりと飛び起きた。


 しまった、降りる駅を寝過ごしたかと思い、慌てて駅名が表示される電光板の辺りに目をやろうとして、今コロシアムにいることを思い出した。


 両脇では二人がハルカのことをじーっと見ている。

 モンタナの方が先に目を覚ましていたようだ。


「器用に眠るわね、ハルカ。横に倒れそうになっても、すーって元の位置に戻っていくの。見てて面白かったわ」

「ですです」

「そうですか……」


 しばらくの間観察をされていたらしい。恥ずかしくなって、椅子の上で少し小さくなった。

 ステージの上では先日に引き続きラッキーJを名乗る髭の男が、身体を大きく動かしながら司会をしている。


「間もなく第一試合が始まります!本日は十六試合を一気に行いますので、皆さまお見逃しなきように!それでは簡単なルール説明を行います。まぁず一つ目、ここから先は自らの使い慣れた武器の使用を許可します!二つ目、予選同様相手を死に至らしめた場合は失格となります!三つ目、勝敗の条件は場外、本人による降参、あるいは重大な怪我等による、レフェリーのストップです!あ、当然死んでいなければ、今回の為にお集まりいただいた治癒魔法使いによる治療が行われますので、ご心配なさらずに。それではそれでは、私は退散いたします!」


 司会がステージから降りて消えていくのに合わせて、演奏隊が勇壮な音楽を奏で始める。否が応でも気分が盛り上がる素晴らしい演奏だ。

 観客たちがそれに合わせて気分を盛り上げる。

 ハルカも他人の試合であればワクワクしたのかもしれないが、第一試合がアルベルトだと考えると、その気持ちに身を任せてばかりはいられなかった。


 隣でたまにパリポリと音がするので気になってみてみると、コリンがポップコーンのようなものをつまんでいる。まるで緊張した様子がないのを見て、ハルカの気も抜けてしまった。

 そういえば飲み物も買っていなかったのを思い出して、屋台の方を見ると、コリンからコップが差し出される。

 以心伝心だ、気が利くなと思い受け取ると、中に入っているのは飲み物ではなくて、ポップコーンもどきだった。

 一つ摘まむととても塩辛い。


 この体の年齢的に高血圧の心配はなさそうだが、緊張も合わさって喉が渇いて仕方がなかった。

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