百二十九話目 決勝トーナメント第一試合
「ドットハルト公国の有名人!この女性、なんと先の帝国とのにらみ合いで、すでに戦場デビューしております。双剣で相手を翻弄し、優雅に立ち回る姿は予選でも目を引くものがありました!ペルレ男爵家の長女、父親もたじたじの女傑!エレオノーラ=ペルレが決勝トーナメントの第一試合を飾ってくれます!」
ブロンドのミルクティのような色をした髪は後ろで一つにくくられている。戦いの時に靡くと邪魔になるからだろう。戦場に出ているという割には体のラインが筋肉質でないのは、彼女もまた身体強化を使用できるからかもしれない。
男装の麗人と言える凛々しい立ち姿は、女性に人気が高そうだ。
事実彼女が紹介され姿を現したとき、黄色い歓声が会場を包んでいた。
「それに対するは今回最年少の決勝出場者です!オランズ出身の冒険者でオーソドックスな剣を使う少年!なんと冒険者登録をしたのもほんの半年前のルーキーだというから驚きます。実績のある相手にどこまで通用するのか?!若い才能を爆発させろ!アルベルト=カレッジ選手です!」
緊張した面持ちのアルベルトが、目を細くして観客席を見渡していた。
アルベルトへの声援は比較的年齢の高い女性や、冒険者達からのものが多い。一応冒険者にも仲間意識というものがあるのかもしれない。
ご婦人方に関して言えば、年がちょうど自分の子供くらいだからという単純な応援理由である気がする。
アルベルトがハルカ達を見つけて視線を止めた。ハルカとモンタナがフリフリと手を振る中、コリンだけが手をブンと横に振って、怖い顔をしてハルカの方を指さした。
アルベルトは変な顔をして、それから笑う。緊張がほぐれたようだ。
「ちょっとコリン。私のことを脅しの道具のように使うのはやめてください」
「いいじゃない、落ち着いたみたいだし」
見ればアルベルトは剣を抜いて軽く振ったり、屈伸したりしている。確かにさっきよりは余裕がありそうだ。
両者がステージの上を歩くのに合わせてまた演奏がされる。
十メートル程の距離に立った時に、レフェリーが声をかける。
双方が武器を抜いてその場に立ち止まった。
間にその人が入り片腕をまっすぐ空に向かって伸ばす。
「それでは、試合開始の宣言をさせていただきます!真ん中に立つレフェリーが腕を振り下ろしたら試合を開始します。皆さん心の準備はよろしいでしょうか?それでは武闘祭決勝トーナメント第一試合、はじめぇぇええええ!」
レフェリーが腕を下ろし素早く飛びずさる。彼もまた一流の武闘者であることを感じさせる身のこなしだった。
レフェリーが見えなくなるのと同時に、アルベルトは地面を蹴って走った。
いつもより体が軽い。走るのも早くなっている。ハルカの治癒魔法と身体強化のおかげだ。
アルベルトは決勝トーナメントに残った中では、自分の強さが下から数えたほうが早いことを理解していた。経験だって絶対に劣っている。
それを覆すためには自分のペースを守り、相手の意表を突く必要があった。
先手を取られるわけにはいかない。
元々攻撃的な動きを得意とする自分が受けに回った時点で、勝負は決まってしまう。
剣の切っ先を左後ろへ向ける。
上へ切り上げる動きしかできないが、剣の柄の部分でリーチを誤魔化すことはできるはずだ。
それに一撃目が失敗してもその次に繋げやすい。
試合に臨む前に話は聞いている。
即死さえしていなければ、後遺症なくケガを治すことはできる。
スマートに相手の降参を求めることができればそれが一番よかったが、自分にそれができるとは思っていない。
相手の腕や足の一本くらい貰うくらいの覚悟をしている。逆の立場になりうることも織り込み済みだ。
剣の切っ先が相手の手首に届く間合いに入る、ほんの少し手前で切り上げる。
最期の一歩を今までよりひろく、強く踏み込んだ。
エレオノーラは一歩引いてアルベルトの鋭い一撃を躱す。
思っていたより鋭い一撃に驚いていた。余裕をもって飛びのいたはずなのに、切っ先が指をかすり痺れが走る。
身体強化のおかげでわずかな出血で済んでいるが、相手が同じくらいの身体強化の使い手であれば、指の数本切り落とされていてもおかしくなかった。
エレオノーラはどちらかと言えば、相手の動きを避けながら翻弄する戦い方を得意としている。アルベルトが猛然と突っ込んできたときに、自分との相性の良さを確信していた。
そうであるのに先制の攻撃を喰らってしまったことに、彼女は心の中で舌打ちをした。
尚も踏み込み上から剣を振り下ろしてくるアルベルトに、慌てて距離を取る。
一度気持ちをリセットしないとこのまま押し切られてしまいそうだった。
アルベルトは一撃目の手ごたえに、さらに追撃をかける。チャンスだと思った。コンパクトに突きを放ちたかったが、剣の切っ先が上を向いている。
全力で踏み込んでそれを振り下ろすが、相手が一枚上手だったのか、あっという間に距離を取られてしまった。
仕切り直しだ。
止めていた息を吐いて、正面に構え直す。
これで剣のリーチも、全力での踏み込みの広さもばれてしまった。
あのまま押し切りたかった。
落ち着きを取り戻してしまった相手を睨みつけながら、じりじりと距離を詰める。
剣の上下の攻撃に関しては、双剣で受け流されやすい。今度は横に薙ぐか、突く必要があった。
戸惑っている暇はない。攻めなければチャンスは生まれない。
アルベルトはまた先に動き、肩口に向けて剣を突き出す。
その攻撃は成功したかのように思われた。
しかし肩へ届く直前に、エレオノーラの持つ左手の短剣がアルベルトの剣に巻き付くように動き、その切っ先を彼女の顔の横へ逸らした。エレオノーラの頬をかすったそれは、彼女に傷こそ負わせたものの、戦意をそぐことはできなかった。
伸びきった腕に、どんな攻撃でも届きそうな至近距離。
アルベルトがしまったと思った時には、その顎がエレオノーラの長剣の鍔でかちあげられていた。
身体強化をされたその一撃は、容易くアルベルトの顎を砕き、その身体を宙に浮かし、意識を刈り取った。
レフェリーが止めるまでもなく、勝利を確信したエレオノーラがそこで動きを止めた。
冷静に分析して余裕をもってあしらう程の余裕がなかった。今も心臓がバクバクと鳴っている。平静を装っていたが、彼女はアルベルトの実力を見誤っていたことを静かに猛省していた。
頬についた傷は深く、耳の中央部を切り裂いていた。
動きを止めるとそこから血があふれ出し、どろりと首を伝う。
歓声が響く中で、エレオノーラは大きく息を吐き、将来有望な少年を見下ろした。
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