百二十七話目 心構え

 日が暮れてくると、ポツポツとあちこちに火が灯される。

 あいている屋台の数も半分くらいになってしまって、ハルカとしては少し寂しい。

 あまり遅くなって心配をかけることのないように、いくつか甘いものを購入してハルカは宿へ戻った。


 すでに買い物を終えていたコリンが食堂でお茶を飲んで待っていた。果物を飴で包んだものを渡すと、思ったより喜んで食べてくれる。


「あまぁい、ありがとハルカ」

「コリンは屋台で買い物しなかったんですか?」

「うん、買い食いはしないようにしてるの。太っちゃったら困るでしょ?でも貰い物はべつー」


 そんなことを気にもせずに、一日中食い道楽をしていたハルカは自分の腹を撫でた。大丈夫、ぺたんこだ。


「あ、帰ってきた」


 振り返ると二人が並んで宿に入ってくるところだった。服が随分と汚れているのを見ると、一日中訓練をしていたのかもしれない。


「おかえりなさい」

「おう!聞いてくれよ!」


 声をかけるとアルベルトが興奮した様子で駆け寄ってきて、テーブルに手をついた。


「どうしたんですか?」

「俺な、なんかわかったぞ、身体強化のやりかた!」

「おぉ、それはすごいですね!」

「いつもより早く動けたし、力も込めやすかった!……でもあいつには捌かれたけど」


 ペタペタと後ろから歩いてきたモンタナがアルベルトの横に並ぶ。見比べてみればモンタナの方が汚れが少し少ないように見える。


「ていうか、こいつ、ずっと身体強化できてたらしいぞ!何も言わなかったのに!」


 モンタナはそのままハルカの隣に座ると、アルベルトの方をチラッと見る。


「冒険者は奥の手は秘密にするですよ」

「……お前、まだ何か隠してるんじゃないだろうな?」

「……ですですです」


 アルベルトと目を合わせずに、ハルカの差し出した飴を手に取り、モンタナは適当な返事をする。

 明らかに何かを隠しているのはわかるが、答える気はなさそうだった。


「くそっ、俺も秘密特訓とかして、なんか編み出すか……」


 ぶつぶつといいながらアルベルトもコリンの隣に座った。

 上半身を椅子の背もたれに預けてぐぐっと伸ばして息を吸う。それから息を吐いて、べとっとだらしなくテーブルに上半身を投げ出した。

 顎をテーブルにつけて、仲間たちの顔を見ながらアルベルトが呟く。


「でも、疲れた。身体強化って思ったより疲れるんだな」


 これはやっぱり治癒魔法を使っておいた方が良さそうだと思ったハルカは、立ち上がってアルベルトの後ろまでいく。

 背中に手を当てて小さな声で詠唱すると、アルベルトが「おおー、わりー……」と呟く。


「はい、終わりです。大丈夫そうですか?」

「おぉ?なんだこれ」


 手をはなして尋ねると、アルベルトが勢いよく体を起こして、手をぐーぱーと繰り返す。


「すげぇな、治癒魔法……。何だか思ってたのと違うぞ。ハルカはこんな魔法使ってしんどくないのか?」

「しんどくはないですね、心配しなくても大丈夫ですよ」


 うーんと首を傾げたアルベルトは、立ち上がってそのばで跳ねてみたり、体を伸ばしたりしている。


「ちょっと楽になるくらいだと思ってたんだけど、めちゃくちゃ調子がいい時みたいな体の調子になったな。ハルカもしかして、めちゃくちゃすごい魔法使いなんじゃねえの?」

「そりゃ、金貨数十枚もらえるくらいの魔法だからね」


 コリンがツッコミを入れる中ハルカは曖昧に微笑む。

 自分の魔法が規格から外れたものなのは分かっているが、それがどれくらい外れているかまではまだ分かっていない。

 双子に言わせれば気持ち悪いレベルの魔法だ。


 目の前に困っている人や傷ついている人がいれば、出し惜しむことはないが、当たり前のように使うのには支障があるだろうとはハルカは理解していた。


「あ、それよりトーナメント表です。どうぞ」


 アルベルトにそれを手渡すと、すぐにばっと広げてまじまじとそれを眺め始める。


「一戦目か」


 すぐに顔を上げると、難しい顔をしてそう呟いた。


「ちょっと見せて」


 横にいたコリンがそれを覗き込んで大きな声を上げた。


「しかも相手がエレオノーラって人じゃない!」

「そうなんだよな、あいつ、結構強そうだったからな」

「確かにそうね……。でも勝つんでしょ?」

「そりゃそうだろ」

「じゃあ頑張りなさいよ。ギーツとの約束の話はこの際忘れてもいいから、しっかりやるんだからね。みっともない姿見せないでよ」

「うるせー、分かってるって」


 話しながらコリンがアルベルトのかたを突き続ける。それを鬱陶しそうにしながらも、アルベルトは避けたり払ったりせずに受け止めている。


「あんた緊張してるでしょ」

「……してねーよ」

「あー、わかった、緊張をほぐすためにハルカに協力してもらおっと」

「何ですか?」


 アルベルトの後ろに立って、幼馴染二人の仲の良い会話を眺めていたハルカは急に話を振られて首を傾げた。

 コリンはハルカの横に並ぶと、アルベルトの背中を指差す。


「思いっっきり、叩いて」

「え、危ないですよ?」

「やめろやめろやめろ!!何考えてんだお前!」

「そんなに逃げなくても……」


 アルベルトが飛び退いて、振り返った。そんなに警戒をされるとハルカとしても悲しい。急に思い切り叩くはずがないのだから、逃げなくてもいいではないかと思う。

 コリンはアルベルトの慌てた姿を見ながらケタケタと笑った。


「これよりは怖くないでしょ、明日の試合」

「……ああ、まあそうだな」

「明日も緊張してたら、今度こそたたいてもらうからね」

「わかったよ、大丈夫だっての」


 仲がいいのはいいが、いちいち危険なもの扱いするのはやめてほしい。ハルカが一人拗ねていると、テーブルの方からくすくすと笑い声が聞こえてくる。

 モンタナがハルカの様子をみて、口元を袖で隠しながら笑っていた。

 ハルカはため息をついて、モンタナの隣に座り、彼の頭をぐしゃぐしゃと少し乱暴に撫でた。

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