百二十五話目 イース様2

 コロシアムの方へ向かう人ごみに紛れて流されて歩く。

 午後になるとトーナメント表が張り出されるので、まずはそれを見に行きたかった。一緒に歩いている人々も同じ目的だろう。


 配られるものを貰うだけでもよかったのだけれど、どうしても張り出されている大きなものにアルベルトの名前が載っているのを確認したかった。


 コロシアムの前につくと人がざわめいている。

 既に貼りだされているみたいだ。


 ハルカは背伸びをしてみるが、群衆には背の高いものも紛れていて、表は見えない。

 ここまでくれば少し見るのが遅くなってもいいかと、群れの中から逃げ出して、人の少ない所まで歩いた。

 偶に尻や腰を撫でてくる者がいて、あまり人ごみに長くとどまるものではないなと思う。減るものではないから、あまりにあからさまでなければ放っておいたが、改めて今自分の身体が女性になっていることを考えさせられた。


 空気は冷えてるはずなのに、少し暑い。

 フードを外し、積んである石の上に座る。人ごみをぼんやりと眺めていると、その中からよろよろと出てくる人がいた。

 見覚えのあるその青年は昨日出会ったイーストンだ。


 夜に会った時より憔悴しているような、眠たそうな印象を受ける。

 その場で膝に手をついて息を整えたイーストンは顔を上げて、ハルカが見ていることに気づき、そのままゆっくり息を整えながら傍によってきた。


「人がたくさんいる所になんか、入っていくものじゃないね……。まさか僕に痴漢行為をしてくる奴がいるとは思わなかったよ」


 自分の尻を撫でながら、不気味なものを見るようにイーストンは人ごみに振り返った。

 確かに細い腰に長くのばされた髪や、白い肌をみると、女性と見間違われてもおかしくない。幸薄い青年だ。


「仲間ですね。私は人がはけてから見に行こうと思ってます」

「ハルカさんも?女性にそういうことするやつはちゃんと捕まえたほうがいいかもね」

「イーストンさんも触られたんでしょう?」

「あれは男が好きな人でしょ、そのうちぼこぼこにされるんじゃないかな。あと、僕を呼ぶときはイースでお願い」

「はい、イースさんですね」


 愛称のようなものだろうか。多分あなたを女性と間違えたんですよ、とは言いたかったが、プライドを傷つけても悪いと思い、ハルカは口をつぐんだ。


「今日も一人なの?」

「ええ、今日は一人です。一人の方が珍しいんです。そちらは?」

「付きまとってくる子がいたけど、あの中で撒いたところ」

「……それはもしかして、応援席であなたのことを旗を持って応援していた子ですか?」

「知ってるんだ。そう、あの子だよ。僕を無理やり武闘祭に推薦してくれた子ね。街に来た時に攫われそうになっているのを助けたら変に懐かれちゃって、付き纏われてるんだ」


 害のあるタイプのストーカーだ。

 ヴィーチェは勝手にあれこれ世話を焼いてくれるタイプのストーカーだったのでまだよかったが、彼は大変そうだとハルカは同情する。


 ヴィーチェもセクハラ行為を散々したり、ハルカに嘘を教え込んだりしているので本当は禄でもなかったが、本人はそうは思っていないようだった。


「大変ですね」

「よくあることだよ。でも彼女が貴族らしいっていうのが厄介なところかな」


 イーストンが首を振ったときに、人ごみから少女が飛び出してくる。


「見つけました、イース様!」


 ハルカには目もくれずに、背筋を伸ばして表情をひきつらせたイースの腰に少女が抱き着いた。


「イース様のトーナメント表を一緒に確認しようと思ったのに、はぐれてしまってどうしようかと思ったわ!」

「君はお姉さんのを確認したほうがいいんじゃないの」

「ついでに確認します!」

「ついで……」


 二人の様子を見ながら、ハルカはじりじりと距離を取っていた。このままここにいても何もいいことがない予感がした。この世界に来て、生まれて初めて平手打ちを喰らったときのことを思い出していた。


「ところでイース様、そちらの美人で胸の大きなお姉さまは一体どなたですか……?」


 穏やかな笑顔を浮かべているが、彼女がイーストンの服を握る手には力が入っていて、裾がぐちゃぐちゃにされている。流石のハルカもそろそろこのパターンには警戒を持つようになっていて、それに気が付くことができた。


「仲間がトーナメントに出場するから見に来たんですよ。人が多いので避難していたところで、イースさんに会っただけです」

「それで話しかけていたと?」

「彼も出場者であるのは知っていましたから。あなたのお姉さんもそうなんですか?」


 少女は疑りぶかく、しばらく目を細めてハルカを見ていた。

 しかしハルカの表情や感情のあまり出ない話し方に、こいつは白と定めたのか、にこっと最初の時のように笑う。


「なーんだ、そうでしたか。ええ、私の姉も出ているんです。エレオノーラ=ペルレと言うんです。ご存知ですか?」

「…………剣を二本使う方ですね」

「ご存知でしたか!私はその妹のヘルマです」

「冒険者のハルカ=ヤマギシです。よろしくお願いします」


 もちろん存じておりますとも、とは言えずにハルカは彼女の戦い方を思い出して答える。世には奇妙な縁もあるものだ、彼女の姉がギーツの婚約者と言うことになるらしい。

 互いにこの少女に警戒させると面倒なことになりそうだと察していたので、二人で会話をするのはやめて、静かに人が少なくなるのを待つことにした。


 しばらくの間ヘルマの一方的なイーストン様かっこいい談義を聞くこととなる。

 イーストンはうんざりした様子だったが、ハルカにしてみれば敵対視されるよりよっぽどましだった。

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