百二十四話目 食べ歩きと遭遇-鉄砕聖女

 武闘祭の中休み日は屋台がいつもよりたくさんでており、グルメコンテストがおこなわれるそうだ。

 ハルカはグルメと聞いて、この日を結構楽しみにしていた。


 アルベルトはモンタナに付き合ってもらって今日は一日訓練に励むそうだ。明日に響かないようにとハルカは忠告したが、そんなに柔ではないと聞く耳もたなかった。

 回復魔法は疲労にも効くようだったから、あまりに疲労しているようだったら今晩かけてあげるつもりだ。


 昼過ぎにはコロシアムに明日の対戦表が張り出されるらしい。同時に街の各地でそれが配られるので、自分の代わりにそれをもらって来てほしいとハルカは頼まれていた。


 折角だから出かけて、お祭り、というより、グルメを楽しもうかと、ハルカは朝食もろくに食べずに外へ出かけた。

 フードを深くかぶり、耳や肌が目立たないように気を付ける。

 いい加減絡まれなれてきてはいたので、対処はできるつもりだったが、無用なトラブルは避けようと思っていた。フードをかぶるくらいでそれができるのなら安いものだ。


 宿を出たときはコリンと一緒だった。しかし、服や旅の用品を見たいコリンと、屋台を巡りたいだけのハルカでは目的が違いすぎるので、途中で別れることになる。


「じゃ、お互いナンパにきをつけよーね」


 冗談にハルカは苦笑して頷く。

 いくら自分の心がおじさんだからと言っても、見た目が違うからナンパは仕方がない。丁重にお断りするのだって申し訳ない気分にはなるから、できれば声をかけてほしくなかった。

 ハルカはこれまでの人生でナンパなんかしたことないので分からなかったが、ナンパなんて言うのは数をこなしてなんぼだ。いちいち断られたからって気にしたりはしない。

 生真面目なハルカはいちいち申し訳なさそうにするが、そんなに思いつめる必要はなかった。


 屋台を回っているとたくさんの香辛料の匂いが漂ってきて、どこにどんなものがあるのかはわかりづらい。

 ハルカはいちいち店を覗き込んで、どんなものを作っているか確認してまわる。

 若い体になって胃腸が前より丈夫になったので、多少食べ過ぎても問題はないが、それだって限界はある。

 食べるものは慎重に選んでいかないと、いざ素敵なものに出会った時にお腹が一杯では悔いが残ってしまう。

 顔を隠して、まじまじと調理の場を止まって確認するハルカに屋台の料理人たちは緊張をする。


 このおっぱいの大きい女性がきっとグルメコンテストの審査員だ。


 独自のネットワークで広まっていく間違っていく噂。

 先に進むにつれて何故か接客態度が良くなっていき、試食なんかを勧めてくる者もでてくるようになった。

 ハルカは買わないものは試食も断っていたが、あちこちで声をかけられているうちに、片手に手提げを持って歩くようになってしまった。

 ちなみに手提げも途中の屋台の一つでいただいたものだ。


 立ち食いできないものもあるし、少し減らさないとそろそろ持ちきれなくなってくる。

 ハルカは人ごみを縫って歩きながら、人の少ない場所を探す。

 座れるようになっていればよりいい。


 しばらくうろついていると、大きな樹の下にベンチがいくつか用意されているのが見えた。

 何故かその周りには人が少なく、食事をすることができそうだ。


 人の波から顔を出して、ベンチに向けて一歩歩き出して先客がいることに気付く。


 煙草を吸わずに咥えている、外見に特徴のある女性が座っている。

 ゆるゆると立ち上る煙は木漏れ日に照らされて青紫にゆらゆら揺れる。


 その色はその女性を見てその場から慌ててはなれていく人々の顔色に似ていた。


 煙草がじりじりと音を立てて灰になり、一息で吸いきられた。肺にため込んだ煙を一気に吐き出すと吸殻を地面に捨てて、かかとの高い靴でそれを踏みにじる。


「あ?」


 何もしていないのに威嚇してくるその女性は、武闘祭決勝トーナメント出場者である、レジーナ=キケローだった。

 逃げるのが一呼吸程遅れたせいで、目が合ってしまった。ここで黙って離れたとしても、因縁をつけられそうな気がする。

 ハルカは敵意があると捉えられないように、できるだけ穏やかな声で話しかける。


「ベンチ、空いてますか?」

「見りゃわかんだろーが」

「使ってもいいですか?」

「あたしのベンチじゃねーよ、好きにすりゃいいだろ」


 そろりそろりと歩いてベンチに座る。物音を立てると襲ってくるかもしれない。野生動物と一緒だ。


 静かに屋台で買った食べ物を広げる。


 肉汁の滴るサンドイッチは、舌にピリッと辛みが効いてくる。一緒に挟まっている野菜がそれを中和してくれるので、最後まで美味しくいただくことができた。

 それでも口には少し辛さが残った。


 マフィンのような形をしたドーナツを一口齧ると、甘みが広がる。辛さはもう感じない。

 少しパサつくので、一緒に買ってきた飲み物を傾けた。すこしドロッとしていて酸味と甘みがある。ヨーグルトとチーズの間のような飲み物だ。


 二十分ほどかけて食事を終えると、横にはまだレジーナが座っている。

 つまらなさそうな表情を浮かべる横顔は、鼻が高くまつ毛には小枝が乗せられそうだ。整った顔には二つの大きな傷跡があり、それが彼女の雰囲気全体を狂暴にさせていた。

 彼女がどんな人生を歩んでこんな性格になったのか、少し考えてしまう。


「見せもんじゃねぇぞ」

「すいません」


 ハルカの方をちらりとも見ていないのに、こっそり顔を見ていたのがばれていた。口を開いた拍子に、舌に輝くものが幾つか見える。ピアスでもつけているようだ。痛そうで顔を顰めてしまう。

 それにしても大人しい。

 言葉が来る前に手が出そうなタイプなのに、何もしてこない。


 静かなうちに立ち去ろうとハルカが立ち上がると、背中に向けて彼女から声がかけられる。


「お前どうやってそんなに強くなったんだよ」

「……強くないと、思いますけど」


 自分以外に人が傍にいないことを確認して、ハルカは振りかえって彼女の言葉を否定した。


「チッ、誤魔化してんじゃねぇよ。あたしの目はな、そいつのまとっている魔素が見えるんだよ。常にバカみたいな身体強化しやがって」

「神子、ですか?」

「ああ、そうだよ、見りゃわかるだろうが。伊達でこんな格好してねぇぜ」


 司会が言うにはただの趣味だったはずだったが、きちんと理由があったらしい。とても聖職者には見えないし、彼女も誰かに従うようなタイプでないのに、教会に所属しているのだろうか。ハルカが疑問に思っていることは彼女の口から、すぐに説明される。


「この格好してるとレジオンの関係者だと思われて、暴れても罪が軽くなりやすいんだぜ、ひゃはは」

「ああ、そうですか」

「んで、どうやって強くなったんだよ」


 レジーナがイライラした様子で、煙草を指でくるくるとまわす。


「わかりません」


 下手な誤魔化しをせずに端的に答えるも、彼女は拳の中で煙草を握りつぶして、それを地面にたたきつけた。


「あたしみたいなのには話せないってか、ああ、わかったよ、ちっ!」


 肩を怒らせて、彼女はハルカと反対の方向へ歩いていく。

 人々が悲鳴を上げながらそれを避けるので、彼女が歩みを止めることはない。

 出来た道はすぐに雑踏に戻り、レジーナの後姿はすぐに見えなくなった。






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