百二十三話目 婚約者
「はぁ、何しに来たの?」
出会って早々うんざりした顔をして尋ねたのはコリンだった。
「何しに来たとは随分な言葉ではないか。共に苦難を分かち合った仲間だというのに」
「それバレちゃいけないんじゃなかったの?」
「うむ、それなのだがなぜかバレていて一発食らわせられた。あまりに早くバレたものだから、お前たちのことは疑ってないぞ」
よくみれば確かにギーツの左の頬は少し腫れているように見える。
あの父親が力一杯叩いていたらこんなものでは済まないだろうから、よっぽど一人息子が可愛いと見える。
コリンは心の中で、全然懲りてないからもっと派手にやってしまえばよかったのにと思っていた。
「なのでわざわざお前たちを避ける必要も無くなったというわけだ、はっはっは。それで頼み事の話なのだがな」
「まった、それ聞いたら受けなきゃいけないとかなら、聞く気ないからね」
コリンが手をパーにしてギーツの顔の前に突き出し、喋るのを阻止する。
一歩身をひいたギーツを見て、ハルカはこそっとコリンに話しかける。
「そんな依頼の仕方もあるんですか?」
「現地の国の貴族よ。何してくるか分からないじゃない」
「何してくるか分からない相手にそんな態度とって大丈夫です?」
「この間パパと知り合ったから、最悪そっちに泣きつくわ」
確かに話の通じそうな御人だった。ユーモアもあったし、誠実そうにも見えた。駆け込んで訴えればなんとでもしてくれそうではある。
「何をこそこそ話しておるのだ。とにかくまずは話を聞いてほしいのだ」
「えぇー……、どうしよっかなぁ……」
「コリン、態度がでかくなってはいないか?仮にも私は子爵家の嫡男だぞ」
「話聞いてほしいんじゃないですか?」
「うむ、聞いてくれる気になったか。ではそこの席に座るといい」
コリンが話を聞いてほしいならそれなりの態度をとれ、という意味でいった言葉は、勝手に了承と受け取られていた。
ギーツのおめでたい思考にコリンは頭を押さえた。頭痛がしてきそうだ。
仕方がないので全員が席につき、ギーツの話を聞く事になった。
夕食は奢ってくれそうなので、断るにしてもそれを食べてからにしようとコリンは思っていた。
「そうだ、アルベルト。決勝トーナメントに進出するとはやるではないか。一緒に旅した仲間として誇らしいぞ。おめでとう」
「お、おう、ありがとう?」
食事が来るまでの間、意外なことにアルベルトのトーナメント進出について知っていたギーツが、それに対して祝いの言葉を述べた。
アルベルトが戸惑いながら礼をいう。
「あんた他人の試合結果とか興味あったのね」
「連日貴賓席に座っていたからな、それ以外に見るものがなかった」
「あぁ、いたんだ」
コリンのギーツに対する扱いは、どんどんと雑になっていっていたが、彼も諦めたらしくいちいち指摘するのはやめた。
一緒に苦難を乗り越えた仲間だから、大目に見てやろうと思っていた。
どうやら彼の中ではシュベートまでの旅が美しい思い出になっているようだ。
料理が運ばれてくる。
テーブルにそれが並ぶのを待ってギーツが話始めた。
「それでだ。本題なのだが……。闘技大会の決勝トーナメントに残っているエレオノーラという女性は覚えているだろうか?」
ハルカたちは決勝トーナメントに残っている選手は全員覚えていたから、当然その女性のことも知っていた。
司会には男爵家のご令嬢と紹介されていた。二振りの短い木剣を持って戦っており、それはまるで舞うように優雅に戦っていたように思う。
目立つ動きをしていたわけではないが、戦い慣れている印象を受けた。
「うむ、知っているようだな。実はだな、あれは私の婚約者なのだ。もちろん勝手に決められたものであるが」
「それはおめでとうございます」
婚約者の女性が決勝に残ったのだからそれはおめでたいだろうと思い、ハルカが祝辞を述べる。
ギーツは首を振って、顔を顰めた。
「おめでたいことがあるか。私はあの女と結婚するのは嫌なのだ。小さな頃に散々ボコボコにされて、もう二度と会うものかと思っていたのに……。なぜあの歳になってまだ結婚もしておらず、その上私の婚約者になっているのだ!そんな馬鹿な話があるか!そこでだ!!」
「お断りします」
本題に入ろうとしたギーツの話に割り込んで、コリンが断りの言葉を入れた。
「最後まで話を聞け。そこでだぞ、私は父上に申し上げた。私が認めるような強者でない限り、結婚などしないと。すると父上が条件を出してくださったのだ。まずエレオノーラがこの武闘祭で優勝した場合は有無も言わさず結婚。流石にこれはないだろうからと、私も了承した。そしてもし決勝トーナメントに残った場合、私と直接対決して私が負ければ結婚となる」
「あ、じゃあ結婚ですね、おめでとうございます」
コリンが白けた顔でお祝いする。
ギーツは立ち上がり声を張る。
「何を言っているのだ!そうならぬために来たのではないか!まずアルベルト!お前はトーナメントでエレオノーラを負かすのだ!そしてハルカ、その後お前が私の代理としてエレオノーラを負かす!これで私との婚約は無かったことになる。どうだ、完璧だろう」
「そうですね、私たちがこの依頼を断るという点を除けば完璧かもしれませんね」
もはやギーツの方を見もしないで、コリンがモグモグと食事しながら返事をしている。
「まず、アルベルトがやつを負かした場合、金貨三十枚払う!そしてハルカが代理で戦って勝った場合、さらに倍払うぞ。これが私の今の全財産だ」
「……よし、アル、絶対勝ちなさい」
コリンの言葉にアルベルトが口にいっぱいものを詰め込んだまま、驚愕の表情を浮かべて振り返った。
「よし、そうだ、ではよろしく頼むぞ!」
約束を翻されてはたまらないと、ギーツがさっさと席をたって宿から出ていく。
コリン以外の三人はぽかんとしたままその後ろ姿を見送った。
緩慢な仕草で口の中のものをそれぞれ飲み込んで、コリンを見つめる。
「なによ」
「何よじゃねーだろ!」
「い、いいんですか、依頼を受けて?」
「受けるなんて言ってないじゃない」
しれっとした顔でコリンは指を立てて、ちっちっちと横に振った。
「でもアルがもしエレオノーラさんと当たって勝てば、金貨三十枚貰えるのよ?貰えるものはもらいましょう。それともあんた負ける気なの?」
「そんなはずねぇだろ!」
「じゃあいいじゃない」
アルベルトは言葉を詰まらせて、じゃあいいのだろうか、と首を傾げた。
「では後の依頼の方はどうするんですか?」
「契約書交わしたわけじゃないんだから、すっぽかせばいいでしょ。アルの分のお金もらって終わり」
「大丈夫ですか、それ」
「大丈夫大丈夫、契約上はなんの問題もないわ」
そう言ってコリンは自信満々に食事を再開した。
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