百二十話目 第四ブロックと黒髪の青年

 第四ブロックが始まる前にはサーカスのような一団が入ってきて、観客を楽しませた。

 クダンがいるあたりの観客席の大人たちは、相変わらず緊張で身体を硬くしていたが、子供たちはすっかり空を滑空し炎の輪をくぐる小型竜に夢中だ。

 ハルカも子供たち同様、空飛ぶ竜に完全に目を奪われていた。

 仲間たちはサーカスの曲芸より、ハルカをみて笑っていた。表情があまり変わらない仲間が何かに夢中になっている姿というのは、なんだか面白くて微笑ましい。


 結局最後までしっかり楽しんだハルカは満足気に身体を伸ばした。

 そこで左右からにやにやとみられている事にようやく気づく。


「なんですか……?」

「いや、別にぃ」


 ふふっと笑うコリンにハルカは首を傾げた。



「あーあー、大丈夫そうですねぇ」


 会場が一度静かになり、ラッキーJが拡声のチェックを行う声が聞こえる。


「えぇ、失礼いたしました。それでは本日最後のブロックであります、第四ブロックの選手入場です!」


 会場がすぐにざわめき始め、試合観戦のためにだけにコロシアムに訪れていた者たちが、どやどやと席に戻り始めた。


 選手たちが入場し、それぞれ位置取りをしている間に、司会による選手紹介が行われる。今回も幾人かの注目選手の紹介がされる。しかしハルカは紹介されなかった一人の選手に注目した。黒い髪を長く伸ばし、後ろで一括りにした青年だ。


 この世界にでは純粋な黒い髪の毛を見るのが珍しい。あれだけはっきりとした黒髪を見るのはユーリ以来だった。


「黒い髪の選手がいますね」

「どこどこ、あ、あれかー。なかなかいい男ね。ちょっと細身だけど。ああ言うのがハルカはタイプなの?」

「いえ、そう言うのではなくて、黒髪って珍しいと思いまして」


 真面目な顔をして答えるハルカにコリンはぶーたれた。


「もー、たまには恋話しようよー」

「いや、そう言うのはちょっと……」


 おじさんに女子高生くらいの歳のこと一緒に恋話をしろと言うのは、ハードルが高すぎると言うものだ。しかも自然と対象が男になる恋話だ。

 ハルカは昔も今も男性に恋をする嗜好はなかった。


「じゃあさじゃあさ、ハルカはどんなのがタイプなの?細身なイケメンじゃないんでしょ?クダンさんみたいなのとか?」

「いや、そうではなくて」

「わかった、意外とモン君みたいな可愛い子が好きだ!」

「いえ、可愛らしいとは思っていますが、本人がいる前で言うことじゃないでしょう。特に男性のタイプとかないですから」

「えー……、もしかしてヴィーチェさんみたいに女の子が好き……?」


 自分を両手で抱きしめるようにしながら、コリンがしなを作る。

 完全に揶揄われている事に気づいたハルカは、ふいっと会場に視線を戻した。このまま相手をしていると、いつの間にかありもしない好きな男性のタイプを捏造されてしまいそうな気がしたからだ。


「あれ、怒った?怒らないで、ハルカ」

「怒ってません」


 袖を引っ張るコリンの方を向かずにハルカはステージに集中した。

 この中からアルベルトの対戦相手が決まるかもしれないのだ。しっかりとみておかなければならない。

 そう言い訳をしながら、ねえねえとしつこく袖を引くコリンの方を向かないようにしていた。決して拗ねているわけではないのだ。



 そうこうしているうちに、すっかり馴染みになった銅鑼の音が第四ブロックの試合のはじまりを告げた。


 前の試合は似非聖女が大暴れしたせいでセオリーも何もあったものではなかったが、今回は順当に試合が進んでいく。

 強い選手に挑む者たちが、返り討ちにされたり、時に番狂わせを起こし、立っている選手の数が一人、また一人と減っていく。

 ハルカの注目していた青年も、気だるそうな雰囲気を出しながらも、のらりくらりと仕掛けてくる相手をかわし、他のものになすりつけながら会場を動き回っている。

 その動きになぜかやる気があまり感じられないのが不思議だった。


 右斜め前では小さな旗を振って、貴族然とした女の子が熱烈な声援を何者かに送っている。


「きゃーっ、イース様ぁ!頑張ってくださぁい!」


 一瞬チラリとその青年の視線がそちらに向く。

 その瞬間に彼女が奇声をあげてより激しく旗を振り始めたので、もしかしたら彼の名前はイースというのかもしれない。


 アルベルトは目尻をひくつかせながらその様子を見ていた。危うくこれの数十倍の大きさの旗を振って応援されるところだったのだ。他人事ではない。


 アルベルトはハルカが、あれくらいの旗なら作ってもいいのかな、と思っている事には気づいていない。知らぬが仏というやつであった。


 ふらふらと何かを探すように、あるいは待っているかのようにステージの上をうろついていた青年であったが、人数が減ってきたのをみて俄に動きにキレが出始める。

 剣の振り方に勢いがついたとか、そういうことではなく、何か焦るように移動し始めた。

 端の方をうろうろしていた青年は、一人ぽつんと孤立しており、他全員が殴り合い打ち込みあっていた。

 誰かのそばに駆け寄って漁夫の利でも狙っているのかと思えば、その二人がダブルノックアウトし、また他の人に駆け寄れば今度はそこに他の二人組がぶつかって大乱戦になってしまい、そのまますごすごと引き下がる。

 いよいよ相手がいなくなって、彼がなぜか場外の方へ向けて駆け出した時、ラッキーJからのアナウンスが会場に響いた。


「試合しゅううううりょおおおおでええええす!残ったのは今立っている四名!選手の皆さんのプロフィールについてはまた改めて決勝トーナメントで紹介いたします!顔だけはしっかりその目に焼き付けておいてくださぁあああい!」

「イース様ぁぁあ!決勝も私応援致しますわぁあ」


 右斜め前の彼女はまた大きな声を出して、飛び跳ねて喜んでいる。感情の豊かな女の子だ。


 ぴたりと足の動きを止めた青年は、何もなかったかのように涼しい顔をしてその場に背筋を伸ばす。応援している少女の方は見ないようにしている節があった。


 どれだけの人が彼に注目していたかわからないが、少なくともハルカはずっと彼の動きを目で追っていた。


 ハルカには、彼がどこかで無難に負けようとしていたようにしか見えなかった。







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