百十九話目 恐れられるには理由がある

 第三ブロックの舞台の上には、ある人物を中心にぽっかりと空間ができている。観客の中には疑問に思うものもいたが、ラッキーJによる注目選手紹介を聞いて、その疑問も解消される。


「このブロックの注目と言えば、やはりこの女性。一見聖職者みたいだが、騙されることなかれ!彼女のこの姿はただの趣味だぞぉぉおお!各地で喧嘩を繰り返し、勝っても負けても傷跡を残す冒険者界隈の問題児、素行のせいで等級が上がらずなんと今年も参加資格を満たしている!どんな暴れっぷりを見せてくれるのでしょう、鉄砕聖女レジーナ=キケローだぁぁあ!」


 遠いので良く聞こえないが、何事かを周りにいる選手たちに言いながら、全方向に喧嘩を売りまくっている彼女は、明らかに異質で、頭のねじが一つ外れているように見える。賢い選手はさっと彼女からはなれ、我慢できなくなった選手のみが彼女の周りで、額に青筋を立てて待機していた。

 試合が開始されると同時に袋叩きにあうであろうことは目に見えていた。


 ハルカは彼女のことも気になっていたが、実はもう一人気になる人物がいた。アルベルトが選手登録をしたときに見かけた背の小さな怖がりな子が、舞台の端で小さくなっていた。冷やかされて逃げ出していた子だ。

 すぐに場外に出るつもりなのだろうか、本当にぎりぎりのところにいる。ハルカは彼が選手に踏みつぶされてしまわないかが心配になっていた。


 銅鑼の音が響くと同時に、一斉に輪が縮まり、レジーナに向けて人が殺到する。あれでは死んでしまうのではないかとはらはらしたのだが、そんな心配は必要なかったようだ。一瞬彼女の姿は殺到された男たちに囲われ見えなくなったが、その直後に破裂するように人が宙を舞う。中心には犬歯をむき出しにした笑みを浮かべたレジーナが立っていた。


「うぉらぁあああ、雑魚がぁあああ」


 身体強化は心肺機能すら強化するのか、咆哮がハルカのもとまで届く。狂戦士、彼女のような人物にふさわしい呼称だった。猛然と駆けだす姿は獲物を求める獣のようにも見えた。


「なにあれ、絶対二級冒険者の強さじゃないでしょ……、出禁にしなさいよ」


 コリンが隣で顔をしかめる。

 彼女がこん棒を振り回すと人が飛ぶ、彼女の歩いた先には道ができる。偶に届く攻撃は彼女を多少傷つけはするが、その歩みを止められるものは未だいない。無人の荒野を行くがごとくだ。

 あっという間に脱落していく選手たち。このまま全員が蹂躙されてしまうのではないかと多くの者が思い始めたとき、ようやく彼女の歩みを止める者がいた。


「あっ」


 ハルカは小さく声を上げる。彼女の歩みを止めたのは山のような巨大な男で、振るう武器は大きな木槌。オクタイに絡まれたときに目の前に並んでいた人物だ。

 無造作に振り回されるこん棒に器用にその槌の面をぶつけて、その勢いをころす。

 何合かそれを繰り返すと、武器が耐えられなくなったのか、槌とこん棒が同時にはじけ飛んだ。


 割り込もうとしたものが投げ飛ばされ、殴り飛ばされる。大男に不意打ちしたものもそれは同じだった。怪獣大戦争の様相を呈してきた舞台は、それはそれで熱く気持ちのたぎるものがある。

 武器が無くなっても足を止めてその場で殴り合う二人を止められるものは誰もいない。あまりに激しい戦いに目を奪われ、その場に立っているのが残り三人になったことにすら誰も気づかない。


「お、おぉぉおおお、ストップストップでぇぇええす!決勝トーナメント出場者が決まりました、試合を止めてください!」


 はっと我に返ったラッキーJが叫ぶが殴り合いは止まらない。

 舞台に立つ運営員もこの間に入って止める勇気はない。

 大男の方はチラリと司会や周りに立つものを見て、さっさと止めろと促しているようにも見えるが、その度に体に当たる拳に顔をゆがめ、よそ見することをやめた。


「ヘイ、特別ゲストのクダンさん!この戦いの仲裁をお願いしまぁぁぁす!」


 クダンは楽し気に戦いを見ており、自分にお鉢が回ってくると司会のいる方へ向けて何事か言う。表情から乗り気でないのは明らかだ。


「楽しそうだからやらせとけではないんですよぉ!運営が後でお給金払うそうです、健全な運営のためにご協力おねがいしまぁああす!」


 面倒そうに首を振ったクダンは、軽く地面をけるような動きを見せる。観客席の間を縫うように三度地面を蹴り、あっという間にステージに降りる。

 地を這うように駆けたクダンは、そのまま拳を振るったレジーナの手首をつかみ、ステージに引き倒して抑え込んだ。

 その動きを目で追えたのはほんのわずかな人間のみで、突然終わってしまった戦いに、盛り上がっていた無謀な若者たちがブーイングを送る。

 そのまま首元に打撃を与え、暴れていたレジーナの意識を奪ったクダンは、立ち上がり、歩いて舞台から降りていく。


 鳴りやまぬどころか、勢いを増すブーイングをハルカは顔をしかめてみていた。運営に頼まれてやったことであるのに、まるでクダンが悪者だ。それでも怒り出さないのを見て、やっぱりクダンという人物は意外と大人で、気の長い人物らしいと思う。

 しかしそう思えたのもここまでだった。


 クダンは控室に入っていく直前で歩みを止めた。


「うるせぇええええええ!!!!ぶっ殺すぞクソが!」


 レジーナの咆哮とは比べ物にならないほどの大声を上げた。それは魔法を使って話しているラッキーJの声よりも大きい。近くにいたものは耳を塞いで下を向いた。

 ずんずんとステージに向けて戻ってきたクダンは、歩きながらぐるりと観客席を見渡し、自分にブーイングを言っていた者達を探して睨みつける。

 特にそれが大きかった方向に迷いなく歩いていくクダンに、観客席にいてブーイングを主導していた者たちが、悲鳴を上げながら逃げ出していく。

 その観客席の前まで来たクダンは、ふんっと鼻を鳴らして、シーンと静まり返ってしまった舞台を悠々と歩いて去って行った。

 そのまま中を通って戻ってきたのか、観客席に現れたクダンを見て、観客は体をこわばらせる。ブーイングに参加していたもの等完全に体を震わせて小さくなっている。

 どうなることかと思ったが、定位置に戻ったクダンはそのまま観客席の最上段の壁に寄りかかり、つまらなさそうに舞台を見下ろした。


 やっぱり彼は特級冒険者と言う変人集団の先頭を走る危険人物に違いなかった。


 しかしハルカはおかしくなって笑う。子供みたいで素直で自由な人だと思う。

 アルベルトはちょっとビビッて顔をこわばらせていたが、先に話を聞いていたコリンも、ハルカと一緒に笑っていた。

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