百十八話目 午後に向けて

「おおっと、紹介していなかった選手が一名残りましたー!これは失礼、トーナメントまでには勉強させていていただきます。第二ブロックから決勝へトーナメントへコマを進めたのはこの四名です、皆さん盛大な拍手を!歓声を!」


堂々と自分の足で会場を降りていく四名の選手たちに大きな拍手と歓声がむけられた。

むずむずと足元から不思議な感覚が昇ってくる気がして、ハルカは立ち上がってそれを見送る。他にも立ち上がって拍手や歓声を送る人がたくさんいたので、目立つことはなかったが、隣に座っていた二人は驚いた。

ハルカは争い事が苦手だから、戦いを終えても悲愴な顔の一つでもするのかと思っていたので、こんなに興奮するとは思っていなかったのだ。二人はハルカの性格を大体理解していたが、その奥底に潜んでいる少年の心までは見抜けていなかった。


やがて前の試合と同じようにステージに倒れている選手たちが回収されて、司会により午前中のプログラムが終了したことが告げられる。観客たちはぞろぞろと出ていくものと、その場にとどまり食事をするものに分かれる。

ハルカ達はコロシアムの外でアルベルトと待ち合わせをしていたものだから、人の列に紛れて外へ出ていくことになった。会場は広く、午前中も席がすべて埋まっていたわけではないから、それほど急いで戻らなくても見物できなくなることはなさそうだ。

それでも八割くらいの混み具合であったことを考えると、決勝は早めに席を取ったほうがよさそうだとハルカは思う。折角アルベルトが残ったというのに、見れなくなっては大変だ。


コロシアムの前にある変わった石像の前につくと、ハルカ達に気付いたアルベルトが手を振って待っていた。







「強かったですね、アル。心配する必要もなかったかもしれません」


ハルカが食事の席について、開口一番そう言うと、アルベルトは嬉しそうに鼻の下をこすった。


「ま、こんなもんだ。と言いたいところだけどな、正直な話、モンタナの作戦に従ってなかったら勝てたかわからねえや」

「何アンタ、頭でも打ったの?」


珍しく殊勝な発言をしたアルベルトの額に手を当てて、コリンは真剣な顔をする。アルベルトはその手を鬱陶しそうに振り払い、顔をしかめた。


「こういう時くらい素直に褒めろよな」

「冗談じゃない、よくやったと思ってるわ」

「最初からそう言えよ。ああ、そうじゃなくて……」


ぽんぽんと言い合いをしてから、アルベルトは自分の腰にある剣に目を落としながら、続ける。


「結果的に俺が残ったけどよ、身のこなしとか、剣を振る速さとか、そういうのだけ見たら俺より強そうなのいっぱいいたぜ。ただ、みんな勝手に倒れて行ったけどな」

「どういうことです?」

「モンタナの作戦通りだからな、モンタナに聞けよ」


隣の席に座った子供とじーっと見つめ合っていたモンタナが、話を振られて、ふいっとハルカ達に顔を戻す。子供が残念そうにモンタナの方、正確にはモンタナの耳や尻尾を見つめていた。おそらく獣人が珍しいのだろう。南の地域に行くほど、夏の暑さが厳しくなるので、モンタナのような長毛の獣人は少なくなる。


「武闘祭の参加者は、勝ちに来てる人と、自分の強さをアピールしたい人と、暴れたいだけの人の三種類に大きく分かれてるです。アルくらいの実力があれば、下手に目立たなければ勝てると思っただけです」

「そういうわけだ、だからちょっとずるしたような気もするな」

「……私はそうは思いません」


普段あまり人の意見に反対しないハルカが、難しい顔をしてアルベルトの意見を否定した。


「あれは立派な勝利です。作戦を遂行するのも、戦いたいのを我慢するのも、全てアルの実力です。最後に二人同時に相手したところなど、かっこよかったと思いますよ。自信をもって決勝に臨みましょう」

「お、おう、そうか……?」


熱い戦いを見て、ひっそりと気分の高揚していたハルカは、ぐっとこぶしを握りながらアルベルトを激励した。アルベルトにしても、褒めてもらったものだから、テレテレと視線を彷徨わせながら、頬をかいている。


「そうか、そうだな、じゃあ優勝目指して頑張るからな。午後の試合もちゃんと見るぞ、強そうな選手がいたらチェックしとかねえと」

「そう、その意気です!」

「やっぱり横断幕持ってきましょうか!」

「それはいらねえ」


ハルカはへにょっと眉を下げる。横断幕を下げ、旗を振りながら一生懸命応援したいのだが、アルベルトはお気に召さないらしい。今から取りに行って、空いた時間に準備すれば、決勝トーナメントまでには完成させられそうなのに、残念だった。


「はいはい、その前に食事ね」


ちょうどよく店員が食事を運んできたので、コリンが口をはさむ。

アルベルトが派手に応援されるだけなら構わなかったが、自分の隣でおかしな旗を振って悪目立ちされるのは、コリンもごめんだった。

ただでさえハルカは目立つというのに、そんなことをしてどうしようというのか。今日だって、アルベルトが戦っているときに目をキラキラさせてそれを眺めているハルカに、傍にいた若い男性が見惚れていたのだ。最近フードをかぶるのを忘れているが、この街では被せたほうがいいかもしれないと思うくらいだ。

気性の荒い者が多く集まっている武闘祭の最中だから、変なのに絡まれないかが心配だった。


のんびりと食事を終えて、コロシアムへ戻る。

途中突然モンタナがハルカの影に隠れて、ぴたりとくっついて歩くことがあった。何がしたいのかわからないが、モンタナが不思議な行動をするのはよくあることだ。

到着するころにその真意を尋ねたところ、知ってる顔がいた、ということだけを教えてくれた。





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