百十一話目 特級冒険者クダン=トゥホーク

 他愛もない雑談をする男たちに対して、ハルカとコリンは黙々と食事をしていた。出されるものは全て美味しく、スパイスが絶妙に使われていた。地球で言うと中東の料理に近いものであったようで、スープ状ではあったがカレーのようなものが出てきて、ハルカは大いに満足していた。これのスパイス感を少しずつ抑えて、とろみをつけて、米を用意すれば日本のものに近いカレーライスを作れるのではないかと思うと、希望が持てる。

 とはいえまだ米食に出会ったことがないので、まずそれを探すところからではある。急いで見つけようとも思ってはいないが、そのうちまた米を食べたいという気持ちはあった。


「そういえば、君は武闘祭にでるのかな?」


 食事をあらかた終えた頃に、フォルカーがハルカに向けて尋ねる。何故君たち、ではなく、ハルカにだけ尋ねたのかがわからない。


「いいえ、出場しません。出るのは同じチームの仲間が一人だけです」

「そうか、それは残念だね。出場したらいい結果が残せるだろうに」

「……何故そう思うんですか?」

「だって君は、クダンさんが人を威圧して歩いてくるときに避けずに会話をしたんだろう?彼が人ごみを歩くときは、大抵自然に道ができるからね。いい度胸をしているよ」

「余計なこと言うんじゃねえよ」


 最初にクダンを見た時を思い出してみれば、確かに道の真ん中がぽっかりと空いており、そこを歩いてきていた。あの現象について、フォルカーは思い当たる節があるらしい。クダンが苦い顔をして話を遮るも、フォルカーは楽しそうに笑うだけだった。


「威圧というのは?」

「……顔が知られてるから、見つかるとめんどくせぇこと言ってくる奴がいるんだよ。だから出来るだけこっちを避けるように、歩いてる奴に圧かけてる。かけられてること自体、気づかねぇ奴のが多いけどな。あとたまに鈍感な奴とか、ある程度実力のあるやつは避けねぇ。お前がどっちだかは知らねぇけど」

「鈍感な方かもしれません。最近よく仲間からそういう風に言われるので」

「じゃあそうかもしれねぇな」


 クダンは片方の口角だけを上げて笑う。有名人だとそれはそれで面倒ごとが多いらしい。


「何言ってんですか、面倒なことになると殴って済ませるくせに」

「お前も殴られてぇの?」

「いいえ」


 じろりと睨まれてフォルカーがしれっと断った。ここで手が出ない辺りを見ると、考えなしの乱暴者というわけではないのがわかる。コリンはずっとこっそりとクダンの様子を伺っていたが、やがて勇気を出したようで、クダンに話しかける。


「あ、あの、クダンさんって、真竜と戦ったことがあるって本当ですか?」

「あぁー……、まぁ、ある」

「勝って尻尾を切り落としたっていうのは?!」

「ある、けど、別にそれくらい大丈夫だろ。あいつらどうせまた尻尾生えてくるぞ」


 何故か責められているような気分になっているのか、言い訳をするようにクダンが答える。真竜の尻尾というのは切り落としても生えてくるらしい。でっかいトカゲのような見た目の竜種、そんなところまで似ている。


「あいつらほっとくと腕も足も角も、気づいたら生やしてるからな」


 腕も足も角も斬ったことがあると言ってるのと同じだが、彼はだから多少傷つけても大丈夫ということを説明しているようだった。それから真竜はトカゲではなくプラナリアのような生態をしていることが分かった。いつか出会ったら気を付けようとハルカは頷く。レジオンの神子であるサラによれば、いつかハルカは巨大な竜と対峙することになるらしいので、数少ない真竜に出会ったことのある者から貰える貴重な意見だ。


「じゃあじゃあ、ディセント王国の王様を殴ったって話も本当ですか?!」

「……こいつ急に元気になってきたな、なんとかしろよ」


 ハルカに視線を向けて助けを求める姿は、その辺にいる青年と大して変わらない。ただ目つきが悪く、背が高いくらいで、恐ろしい特級冒険者には思えない。コリンはといえば、昔から聞いてきた冒険者達の物語の登場人物にあえて興奮しているようだ。最初は怖がっていたのに、それほど怖くなさそうだと分かった途端、目を輝かせた。聞きたいことがたくさんあったのを我慢していた分、話だしたら止まらなくなったらしい。

 ハルカは申し訳なく思いながらも、小さく頭を下げてその視線を受け流した。クダンは眉根にしわを寄せたが、大きく息を吐いて眉間を指でもむ。


「本当だけどな、意味もなく殴ったわけじゃねぇよ」

「竜の獣人のお姫様を助けるためで、その後結婚したって本当ですか!」

「してねぇよ!しかも助けた奴女じゃなくて男だっての。今も普段は獣人の国に住んでるぞ」

「なんだぁ……、ロマンチックな話だと思ってたのに……」

「聞いといてなんだとはなんだよ」


 クダンは不機嫌そうにテーブルに肘をついてコリンを睨むが、一度慣れてしまえばそれも怖くないのだろう。コリンは尋ねたいことがまだまだあるのか「あとはあとはー……」と言いながら次の質問を考える。楽しそうで何よりだったが、クダンは大変そうだ。小さな子供のような様子にハルカは笑った。


「ふふ、これきっとアルベルトの奴悔しがるわよ」

「彼もクダンさんのファンなんですか?」

「私たち冒険者の話いっぱい聞かされて育ったの、当然でしょ」

「こういうのが面倒くせぇから関わんねえようにしてんだよ……」


 疲れた顔をしてため息を繰り返すも、怒ったり無理に話を切り上げる様子もない。彼が乱暴者であるという噂は、実は本人が流しているんじゃないかとハルカは疑い始めていた。




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