百十話目 高級料理店
男共が訓練場に消えて行った後、ハルカとコリンは冒険者ギルドを後にして、街の飲食街へ向かう。香辛料の香りが大通りを漂い、鼻孔が刺激される。ハルカが控えめながらも首を左右に振り、視線を動かして両サイドにある飲食店の様子を伺っているのを、コリンはこっそり横目で見ていた。この年上のダークエルフは、口には出さないものの美味しいものに目がなく、そういった物を口にしたときに誰よりも目を輝かせていることにコリンは気づいていた。
他人にはそれを気付かれていないと思っているらしいところが可愛らしいとコリンは思っている。
立派な門構えの店から飛び切りいい香りが漂ってきており、ハルカがそちらに視線を向けるが、その高級そうな雰囲気に気後れしたのか、すぐに目をそらす。ハルカは自分の欲望にあまり忠実ではなく、ちょっとでも悩む部分があるとすぐに諦めてしまう。コリンはそんな様子を見て、ハルカの横腹を指でつついた。ハルカはわずかに身をよじって、コリンを見つめる。
「なんでしょう?」
「ねぇ、あそこの店、おいしそうじゃない?今男たちいないしちょっと贅沢しよ」
「高そうですよ……?」
「いいのいいの、昨日ハルカのおかげで臨時収入あったし、たまにはね?」
コリンに腕を引かれるようにして、二人は店の中へ消えていく。
口では否定していたものの、ハルカはどんな美味しいものが出てくるのか楽しみで仕方がなかった。
店の内装は豪華で、礼服を身にまとった店員があちこちに立っている。食事はすべて個室で提供されるらしく、入り口をくぐっただけではどんな人が食事をしているのかわからない。
店へ入った二人へ黒服の男が近づいてきて、頭を軽く下げてから話しかけてくる。
「いらっしゃいませ。失礼ですがご予約はされてますか?」
「いえ、していません」
「では、どなたかのご紹介はございますか?」
コリンとハルカは顔を見合わせる。どうやら紹介が必要なレベルの高級店だったようだ。仕方ないですね、しょうがないね、と目でやり取りをする。
「いえ、すいません。そういった物が必要とは知りませんでした。失礼しました」
「こちらこそ、申し訳ございません。どなたかにご紹介頂いた後、又お越しいただけることをお待ちしております」
ここで上から見下されたような視線を感じたなら腹も立つものだが、穏やかな様子でそういわれる。そのうち紹介してもらって来てみようかなと思ってしまったから、これは店の勝ちなのだろう。
連れ立って店から出ようとしたところで、知った顔が正面から店に入ってくる。
「ん?……ああ、後ろ向いて歩いてた女」
ハルカは無言で頭を下げる。シュベートに入る前に出会った特級冒険者のクダンがそこにいた。隣には、これも何だか見覚えのあるような顔立ちをした男が一人立っている。体がよく鍛えられており、クダンよりは少し背が低いものの、立派な体格をしたおじさまだった。
コリンはハルカの袖をつかんで、緊張した様子で固まっている。
「なんだ、もう昼飯食ったのか?早いな」
「いえ、紹介がないと入れないらしいので、出直すところです」
「ふーん……、ここで飯食いたいなら一緒に入るか?」
「いえ、そんなご迷惑をおかけするわけには……」
「遠慮すんなよ、二人追加で」
遠慮をしているわけではない。危険人物に関わりたくないだけなのだ。店員にどうか拒否してくれないかと願って視線を送る。店員はその視線に気づくと、ニコッとさわやかに微笑んだ。
「ご紹介いただけて我々としても嬉しい限りです。どうぞご案内いたします」
願いはまるで伝わらず、しかも同じ部屋に案内されてしまう。連れ合いのおじさんは、やれやれとでも言うように微笑んでいるが、やれやれではないのだ。物分かりのいい顔をしていないで、勝手に決められたのだから、間に割り入って断ってほしいものだった。
食事は任せればコースで出してくれるらしく、注文する必要もない。飲み物だけ選んで、緊張したまま二人は同じテーブルに座っていた。こんな状況で食事をして果たして味なんか感じるのだろうか。不発弾が横に鎮座しているようなものだった。
「それで、そちらのお二人はクダンさんの知り合いなんですか?」
「いや、そっちの背の高い方と昨日道で話した」
「ほう、成程」
何が成程なのか、おじさんが感心したように息を吐いた。居住まいを正してハルカ達の方を向く。
「では挨拶くらいしておくとしよう。私はフォルカー=フーバー。ドットハルト公国の貴族の末席に座っている。
「五級冒険者のコリン=ハンです」
「四級冒険者のハルカ=ヤマギシと申します」
「……ん、ハルカにコリンと言ったか?もしやうちの馬鹿息子の護衛をしてきてくれた冒険者かな?」
名前を聞いた瞬間そうだとは察していたが、このフォルカーというおじさんは、ギーツの父親で間違いないらしい。誰にも話していないはずなのに護衛をしていたこともどうやらばれている。とはいえ契約でそれは話さない約束だ。答えに窮してしまう。
「ああ、いいんだ。詳しいことはもう知っている。あの馬鹿息子にはお灸をすえておいたから安心してくれ。契約の報告もすぐにさせた。たった一人の息子だとはいえ、甘やかしすぎたようだ。あいつは私のことを武一辺倒の馬鹿者だと思っていたようだ」
フォルカー子爵は苦々しい表情を浮かべる。ギーツから聞く限りでは堅物で理不尽なイメージであったが、今対面している相手はそのような人物には見えない。確かに無骨な雰囲気はあるが、話せば通じそうな雰囲気がある。
「あぁ、そういえばいたな、お前にちょっと顔の似た奴が。あの中じゃ一番弱そうだったけど」
「でしょうな、どうやらサボってばかりいたようですから。これから手元において厳しく指導をしますよ」
そんな話をしていると前菜が運ばれてくる。
フォルカーは自分の前にあるグラスを持つと、それを前に突き出した。
「続きは食べながら話すとしましょう。恩人との食事に、新しい出会いに乾杯」
「お前は相変わらず堅苦しいんだよ」
クダンもそれに合わせてグラスを持ち上げたのを見て、二人もそれに倣った。
軽くそれをぶつけ合わせて運ばれてきた食事に手を伸ばす。
薄くスライスされて、焦げ目をつけられた固めのパンからは、ガーリックのような良い香りが漂ってくる。横に盛られたクリームのようなものにディップして食べるようだ。
一口つまんでみると、ほのかな豆と胡麻の香り、オイリーなクリームがパンとよく合い、とても上品な美味しさがある。ハルカはこの場といるメンバーのことはひとまず忘れ、食事を楽しむことにした。そうでないと美味しいご飯に失礼だと思ったからだ。
機嫌よく食事を始めたハルカを見て、お代分は食べて楽しんでやろうと、コリンも開き直ってパンに手を伸ばした。
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