百十二話目 憧れ

「あー、やめだやめだ。俺この後予定あるんだった。続きはまた今度会った時にな」


 質問され続けて嫌になったのか、わかりやすく嘘をついてクダンが話を切り上げた。長いことよく付き合ってくれた方だろう。

 ハルカとしてもクダンへのイメージを変えるのには十分すぎる時間だった。結局人なんていうのは出会って話してみないとどんな人物かわからない。はるかは最初に偏見を持って彼に接してしまったことを恥じていた。


「店への紹介にこうして話に付き合っていただいたこと、感謝します。特級冒険者というのはもっと恐ろしい存在だと思っていました」

「……特級冒険者だって他の人間と変わらねぇよ。だから関わらない方がいいやつも確かにいる。警戒するのは間違ってねぇ。俺だって胸はって自分が危険のない人間だなんて言えねぇからな。むしろ特級冒険者なんて変人の集まりだと思っておくべきだ、認識を改めるな」


 クダンは難しい顔をして言葉を選びながらハルカに告げる。そこには他人を気遣える人間独特の葛藤が見られた。あまり恐れすぎないように、しかし警戒を怠らないように、加減を考えながら話しているようだった。

 見た目ほど大味な人物ではないことが窺える。人が思うよりこの人物は繊細な性格をしているのかもしれない。

 ハルカは彼の人間性を思い微笑む。そのうち時間ができた時に彼が出てくる冒険譚を読んでみたいと思った。自嘲するような言葉を受けて、背中を向けた彼に声をかける。


「でもあなたは優しい人のように思えます」


 クダンは振り返らずに足を止める。

 フォルカーがしたり顔でクダンを見る。


「良かったですね、理解者ができて」


 笑いを堪えながら隣を通り過ぎて行こうとするフォルカーのこめかみをクダンがこづく。フォルカーが肩を震わせながら部屋から出ていった。


「俺は優しくはねぇが、自分が間違ってると思うことはしねぇよ。我を通すために強くなったんだからな」


 早足で出ていくクダンを見送って、ハルカとコリンは顔を見合わせた。コリンが嬉しそうににやーっと笑う。


「冒険者はさ、やっぱりああじゃないと」

「なんか、わかった気がします。コリンやアルが冒険者に憧れた気持ちが」

「でしょ、でしょー?ただ暴力的なのは違うんだよ。勘違いしてる人も多いけどさ!」


 少し時間を置いて店を出た。すぐに出て外でまたクダンに出会ってしまったら、彼が気まずいかと思ったからだ。

 支払いをしようと店員へ声をかけたところ、首を傾げられる。


「お支払いでしたらすでにいただきましたよ」

「それは……、どちらの方が?」

「今日のお支払いは予約していただいたフォルカー様からいただいております」


 二人はどうするか相談する。

 追いかけて金を払うのも違う気がする。うるさくお金の請求をしてくるタイプでもないように思えるし、何かあった時に礼を言っておくべきだろう。それから何か彼のために役立てるような機会があれば、出来るだけ良心的な価格で受けよう、ということにした。

 フォルカーにしてみれば、馬鹿な息子が迷惑をかけたので、そのお詫びくらいに思っていたので、やはり気にする必要はなかった。

 フォルカーは将来有望な冒険者と縁ができ、ハルカたちは有力な貴族と知り合えた。クダンが軽い気持ちで誘いをかけた昼食会は、こうして双方に益のあるものとして幕を閉じた。




「ってことは、やっぱりあれって本物だったのかよ!」


 夜に宿に集まって今日のことを話すと、アルベルトが大きな声をあげて驚いた。


「……いいな、ずりぃな、本物なら俺も聞きたいことあるのに、ずるいずるい、それになんでお前ら二人でそんないいもの食べに行ってるんだよ!」

「あんたが訓練に行って暇だったからよ。ハルカが稼いだお金で食べに行ったんだからいいでしょ。結局支払いもしてないし」

「俺も呼べよ!」

「もういなかったじゃない。こっちに何にも言わずに訓練場に行った癖に」


 二人が言い合いをしていると、モンタナがポツリと小さくつぶやいた。それは言い合っている二人は聞き取ることができなかったが、隣で自分に飛び火するのを避けようと地蔵になっていたハルカの耳には届いた。


「僕も、話聞きたかったです……」


 耳と尻尾が垂れている。しょんぼりとした様子にハルカの心が痛んだ。偶然の出会いだったから仕方がなかったとはいえ、落ち込まれると申し訳ない気持ちになる。もし次にクダンに会うことがあれば、きっとモンタナにも声をかけてあげようと心に誓った。

 とはいえ彼はやいのやいのと持ち上げられるのが好きでないようだ。次に出会っても、質問攻撃が始まる前に、何か言い訳して逃げ出してしまうような気もする。モンタナにもお話しさせてあげたいが、何かいい手はない物だろうか。

 ハルカが頭を捻っていると、アルベルトが拗ねた口調で言う。


「別に、武闘祭優勝したら副賞で一緒に飯食えるらしいし!俺が優勝すればそれでいいし!」

「へぇ、私は優勝しなくても一緒に食事したけどね」

「お前、マジムカつく!」


 優勝すると食事会か、とハルカはモンタナの様子を見て一瞬出場を考えて、すぐにそれを否定した。流石にそのために争いの中に身を投じる覚悟はなかった。それにアルベルトが優勝すればそれでいい話だ。

 ハルカは今日から精一杯アルベルトを応援することを決めて、モンタナの頭をポンポンと撫でるのだった。






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