百九話目 参加者の様子

 次の日には武闘祭への参加登録をして、当日の開催を待つことになった。

 冒険者ギルドは武闘祭への参加者であふれ、壁際には登録者を観察する者たちが並んでいる。誰が自分に匹敵しうるのか見定めているのだろう。

 アルベルトのように、満面の笑みで挑発的に登録する者もいれば、なんで来たのかわからないくらいびくびくとしながら登録しているものもいる。それを冷やかされてその子は小さな悲鳴を上げて、逃げるように冒険者ギルドから出て行った。


 当日まで今日を含めあと三日があったが、特にめぼしい依頼もないためハルカ達はのんびりと過ごすことにした。コリンなら依頼を受けようと言い出しそうなものだったが、今回はのんびり過ごすことに賛成してくれた。理由は「昨日臨時収入があったから」だそうだ。代わりに懐が寂しくなったものもいたわけだが。

 モンタナもあまり目立ちたくないらしく、しきりにアルベルトに武闘祭への参加を勧められていたが、結局首を縦に振ることはなかった。そもそも、仲間内ならともかく、他人と比べて強いとか弱いとかを比べること自体、性格的に気が進まないようだった。


 アルベルトが他の参加者と同じように、武闘祭への参加者を観察したいというので、ハルカ達も冒険者ギルドに残っている。コリンは帳簿のようなものを付けており、モンタナは袖口から出した道具の手入れをしていた。

 ハルカは一人でできて、誰か困っている人を助けられるような依頼でもないかと、もう一度依頼ボードを眺めていた。

 ふいに冒険者ギルド内がざわついたのを感じて受付に目をやる。


 そこには修道服のようなものを着た女性が、立っていた。異様なのは肩に担いだその武器だ。棘の生えた鉄の棒は、その女性の背丈と同じくらいの長さがある。ハルカは日本の昔話に出てくる鬼が持つ金棒を思い出した。口には煙草をくわえ、右手にはこれもまた棘の生えたグローブを付けている。

 ただ立っていれば背の小さく愛らしい女性のように見えるのに、装備と仕草がそれを否定していた。

 武闘祭の参加者も彼女を煽るか馬鹿にするか、それとも沈黙を守るか悩んでいたようで、冒険者ギルドには妙な沈黙の時間が訪れる。

 受付を終えたその女性はすぐさま踵を返すと、三白眼の鋭い目つきで沈黙を破ろうとしていた一人の男を睨みつけた。頬と額に切り傷、それにその目つきが、整った顔立ちを酷く厳ついものに変貌させていた。

 女性はぐるりと金棒を回し、地面に先端を下ろす。顎を上げ、壁際に並んだ男たちを見て嘲るように鼻で笑う。ぷっと咥えた煙草を床に吐き捨て、靴で踏みつぶした。


「女の一人も煽れねえのかよ、玉なしどもが」


 武闘祭に出るような男たちだ。堪忍袋の緒は短い。

 鼻で笑われた時点で一歩踏み出しかけていた男たちは、言葉を聞いた瞬間に自分の獲物を抜いて女性に向かって駆け出した。

 女性はまた金棒をくるくると手首だけで回す。


「突っ込んできた奴、気概は合格」


 金棒が空を切り、鈍い音がギルド内に響く。

 ほんの数瞬の間に飛びかかった男たち全員が、殴り飛ばされ壁に張り付いていた。


「でも残念、雑魚だから武闘祭には参加すんじゃねーぞ」


 ベロンと舌を出した女性は高笑いを上げながら冒険者ギルドから出て行った。

 ハルカたち一行はただただ目を丸くしてそれを見送る。


「ハルカは……、ああいう風にはならないでね?」

「え、私あんな雰囲気ありますか?」

「一番ありえそうじゃない、力あるし」

「なりませんよ、あんな好戦的な性格はしていません」

「冗談よ、冗談」


 この間のオクタイを殺しかけた一件で余計に喧嘩するのが怖くなっているのだ、あんなことするわけがない。憮然とした顔をするハルカにコリンが笑った。

 次々とくる色物たちや実力者を見送っていると、オクタイが欠伸をしながら受付に現れた。昼近くまで寝ていたのか、寝ぐせで頭ぼさぼさになっている。彼は登録を終えるとハルカ達に気が付き近寄ってきた。


「よ、アルベルトは登録したのか?」

「そりゃもちろん」

「んで、ハルカは?」

「してませんよ、最初からそう言う話だったでしょう」

「よし、なら勝てるな」


 小さくガッツポーズしたオクタイをコリンが白い目で見た。


「お前、俺には勝てる気でいるだろ」

「ていうかハルカには勝てないつもりでしょ」


 同時に言われてオクタイはたじろいだが、胸をはって返事をする。


「お前には勝てるし、ハルカの相手はしたくない!手加減ができない奴の相手なんかしたら命がいくらあっても足りねぇんだよ。そもそも武闘祭は相手を殺したら失格だからな、出るなよハルカ」

「そんなに言われなくても出ませんよ。人を危険人物みたいに言わないでください」


 自分から進んで人に拳を振り上げたことなど元の世界から通しても一度もないのに、随分な言われようだった。確かに加減は上手くできないので、間違ってはいないのだけれど、まるで暴れまわるモンスターみたいな言い方は心外だった。


「お前喧嘩は互角ぐらいだったのになんでそんなに自信満々なんだよ」

「俺素手の喧嘩得意じゃねぇし、流石に剣持って五級冒険者には負けねぇわ」

「言ったなてめぇ、吠え面かかせてやるからな」

「精々がんばって予選抜けろよ、かっかっか」


 アルベルトをバカにして気分がよくなったのか、高笑いをしながらオクタイは去って行く。アルベルトは拳を握り締めて、キッとモンタナを見る。


「訓練!付き合ってくれ」

「いいですよ」


 オクタイが来ても一度も顔を上げず、道具の整備をしていたモンタナは、それをポイポイとしまい込んで立ち上がった。

 ここの冒険者ギルドにも訓練所のような場所があるらしく、案内板を見ながらアルベルトは速足で歩き出す。モンタナもそれに続いてギルドの奥へ消えていった。


「男の意地の張り合いにはついてけないわ、ね、ハルカ」

「え、あー、そうです、ね?」


 未だに自分がおじさんであると認識しているハルカは、そわそわと手をこすり合わせながら曖昧に頷いた。




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