百八話目 モンタナの昔の話

「お前気づいてたなら何か一言くらいあってもいいだろうがよぉ」

「……知らない人です、誰ですか」

「てめぇ、しらばっくれるんじゃねえよ」


 そっぽを向いたモンタナは、ハルカの後ろに隠れて、彼とは一切目を合わせようとしない。人と喧嘩をするようなことなんて滅多にないのに、珍しい光景だ。ただ本人が話したくないなら無理に話させる必要もないとも思う。


「どちらにせよ、モンタナのお父さんの工房なんでしたら、モンタナに話を聞けばいいですから」

「そりゃそうなんだろうけど、そいつ昔から俺のことだけ避けやがる。そのせいでよく顔見るまで本人だって気づかなかったじゃねぇか。全く嫌なガキだぜ」

「モン君普段はこんなことないんだけどなぁ」


 コリンが言外に、お前一体何したんだとオクタイに視線を送るも、彼は気づく様子なく、ふんっと不機嫌そうに顔をそむけた。


「まぁいいぜ。あぁそうだ、アルベルト、明日には選手登録済ませておけよ。冒険者ギルドでも受付してくれるはずだからな。次は武闘祭で勝負するとしようぜ」

「おう、望むところだ!」


 オクタイの突き出した拳にアルベルトが拳をぶつけると、二人は不敵に笑い合う。戦闘馬鹿には彼らにしかわからない絆のようなものがあるのだ。ハルカはちっとも羨ましくはなかった。

 オクタイは踵を返し、そのまま自分の部屋へ帰っていく。その姿が見えなくなるのに合わせて、モンタナがハルカの後ろから姿を現し、じーっとオクタイの消えていった方を見て、戻ってこないことを確認する。

 いかにも動物っぽい仕草で、見ていて微笑ましい。


 モンタナは席に戻り、たたんたたん、とリズムを刻むようにテーブルを手で叩き、足をぱたつかせた。顎を上げて視線が天井へ向いているので、何かを思い出してるのであろうことがわかる。

 食事も終わっていたのでもう休むだけであったが、そんな様子のモンタナを見て他の者達もそれぞれ空いた席に腰を下ろした。全員が座ったのが分かったのか、モンタナが動きを止めた。


「小さなときに、あの人が冒険者と一緒にうちの工房にきたことがあったです。勝手に付きまとっていただけで、冒険者の人は迷惑そうにしてたですけど」


 ちらりとオクタイの消えていった方を見てモンタナが話し始める。長い話をするのは珍しいので、邪魔をしないように全員が黙って話を聞いていた。


 モンタナの話は十年程前まで遡った。


 モンタナが育った工房は、腕のいい鍛冶師や職人がいることで有名であり、多くの冒険者が装備を求めて集まる場所だったそうだ。モンタナはそんな冒険者の話を聞いて育った。そこで冒険者稼業にあこがれを持ったモンタナは、装備が出来上がるまでの間連泊している冒険者に、様々な戦う技能や冒険者としての技術を教わってきたのだと話した。その頃はまだ鍛冶師になるか、冒険者になるか悩んでいたという。


 小さなモンタナが教えを乞う姿はきっとかわいらしかったのだろう。また、今のモンタナを見ていると、その才能に冒険者たちはきっと驚いたはずだ。それぞれの理由はあれど、モンタナはそうして一流の冒険者たちの教えを身に着けてきた。

 ある時冒険者の一人が、今のモンタナと同じような年齢の少年を連れて工房にやってくることがあった。その冒険者は少年のことを鬱陶しそうにして相手にしていなかったが、少年は弟子にしてもらおうとしつこかった。しかもその冒険者に寄生するように、宿代や飲食代まで払わせていたそうだ。何か事情があったのだろう。


 夜にそれぞれが酒を飲み、大いに騒いでいた時、オクタイがモンタナに話しかけてくることがあった。父親がドワーフなのに、何故お前は獣人なのか、本当の親子じゃないのか、と。


 他のドワーフがフォローをするように、モンタナを拾った頃の事情を話してくれたが、その時モンタナは大いにショックを受けたらしい。実はモンタナはそのころまで自分のことをちょっと変わったドワーフだと思っていたのだ。

 とはいえそんなことがあって、モンタナの父は激怒し、オクタイを出禁にすることを決めたそうだ。モンタナもまた、その頃からオクタイのことを避けるようになった。

 そんな話だった。


 話を最後まで聞いてみれば、モンタナがあんな態度をとっている理由も何となくわかる。


「いるのよね、そういうデリカシーに欠ける奴って」


 コリンが横目でアルベルトを見ながら、笑うと、アルベルトが心外だと言わんばかりに睨み返した。


「流石に俺だってそれくらい気を遣うって」

「どうだかー?」


 ハルカはじゃれ合いを見ながら考える。

 口を滑らせてしまう、というか後先を考えずに物事を言ってしまう人というのは一定層いる。正直で付き合いやすい面もあり、一概に悪いとは言えないが、当時の状況はそれが悪い方向に出てしまったということだったのだろう。

 ハルカなんかは考えすぎたあげくに何もできないタイプだったので、羨ましくもあるが、何事もバランスが大事だということだ。


 モンタナは横でぴこぴこと耳を動かして、ハルカと同じようにコリンたちのじゃれ合いを見ている。耳の動きを目で追いながら、小さな頃のモンタナもちょっと見てみたかったとハルカは思う。

 ちらっとモンタナの視線がハルカに向き、目が合った。

 別によこしまな思いを抱いていたわけではなかったが、ハルカはなんとなく気まずい気分になって目をそらすのだった。





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