百七話目 実は再会

 コリンの治療費の請求に対して「わかったわかった」と適当に流したオクタイの怪我を治して宿へ戻る。

 宿に戻って席に座る前に、オクタイが肩をぐるぐると回し呟く。


「それにしても、怪我する前より調子がいいくらいだぜ」


 コリンの耳がピクリと反応したのに気づいたのはモンタナだけだった。モンタナは気づいても何を言うわけでもないから、誰も気づいていないのと変わらない。


「はい、じゃあ座って」

「なんだぁ?言われなくても座るっての」


 オクタイは進められるままにコリンの正面の椅子に腰を下ろした。コリンは自分の荷物から一枚の紙を取り出し、そこに文字を書いていく。さらさらとあっという間に書き終え、その内容を確認すると、オクタイ側から読めるように方向を変えて、紙をテーブルの上で滑らせた。

 目の前にピタリと止まった紙を見て、オクタイがコリンを睨みつける。


「てめぇ、こりゃ一体どう言う了見だぁ?治療費金貨五十枚だと?」

「治療二回分、支払ってくださいね?」


 今まで見たことのない笑顔を浮かべるコリン。聞き間違えかと思って、身を乗り出して確認したが、確かにそこには金貨五十枚と記載されている。ハルカの認識だと、元の世界の感覚で言えば金貨は一枚およそ十万円だ。つまり請求額は五百万円。おそらく今泊まっている宿の支払いが、全員分で銀貨三枚程度のはずだから、百五十倍ほどに値段が跳ね上がっている。


「どう考えてもぼったくりじゃねぇか!」

「値段を伝えようとしたのに、適当に流したのはオクタイさんですよね?」

「なんでいきなりそんなに値段が上がるんだよ!」

「指の骨二本と、腕があり得ない方向に曲がって、全身の骨にヒビが入って、内臓まで傷ついて死にかけた状態を比べるんですか?」

「ぐうぅ!」


 ぎりぎりと歯を軋ませながら、唸るような声を出すオクタイに対し、コリンは勝ち誇った顔をしていた。ぐぅとは言えてもぐうの音も出ないと言うやつだ。


「あのー……。治療費とか……」


 いらないですよ、とハルカが見かねて口を出そうとした瞬間、ぐるんとコリンがハルカの方を向く。ちょっと怖くてハルカは一瞬身をひいた。


「私、お財布係」


 ニコニコとした笑顔で自分を指差すコリンに気圧されて、ハルカは口を閉ざす。商人というのはこういうものなのかもしれない、だとしたら商人にはならなくて良かったかもしれないとハルカは思っていた。


「お前……、ろくな死に方しねぇぞ」

「さっきの請求書、二回目の治療費分におまけで三回目もつけていたんだけど、ちゃんと分けて請求しましょうか?」

「こんの守銭奴!くそっ!」


 自らのザックを漁って、テーブルに叩きつけるように何かを取り出しながら罵る。

 人の顔くらいの平たい何かが二枚と、明らかに高そうな宝石が二つテーブルの上を転がった。


「ニコニコ現金払い」

「うるせぇ馬鹿野郎!」

「野郎じゃないですぅ、女ですぅ」


オクタイはもう一枚平たいものを取り出し、テーブルに叩きつける。あまり乱暴に扱うと割れてしまいそうで心配だった。


「持ってけ泥棒!真龍の鱗三枚に、宝石二つだ!鱗の方は一枚金貨十枚は下らねぇよ、これでいいんだろ!」


 怒鳴り散らすオクタイ。コリンの満足そうな笑顔を見ながら、ハルカはそこから鱗一枚と宝石を一つ手前に寄せて、それ以外をオクタイの方へ押しやった。


「ちょっとハルカ!」

「お金のことは任せてますけど、治療したのは私です。彼に恩を売ると思ってこれくらいにしておきましょう、ね?お願いします」


 えー、とか、うー、とか言って悩むコリンに、ハルカがもう一度「お願いします、コリン」と繰り返す。

 コリンは相手側に押しやられた鱗と宝石に右手をしばらく伸ばしていたが、左手でそれを引っ張り、膝の上に戻し、天井を見上げた。


「んもぉー!大特価だからね!感謝しなさいよね!」


 宝石を手繰り寄せる代わりに、右手の指をオクタイに突きつけて、コリンは大きな声を出した。


「お、おうよ、ありがとな、ハルカさんよ」

「あぁ、いえ。でも今後無闇に喧嘩売ってきたりするのはやめてくださいね」

「あんたともう一回やりあうなんて、そんな恐ろしいこと二度としねぇよ」

「いえ、私だけではなくて……」


 そう言いかけてハルカはやめた。冒険者はどこに行ったって荒くれものが多いし、そこまで制限するのは言い過ぎな気がしたからだ。


「あぁ、そうだ。まけて貰ったしいいこと教えてやるぜ。真龍の鱗はな、防具に使うといいぜ。生半可な攻撃は通さなくなる。なんなら加工できる鍛冶屋も紹介してやる。こっからはちょっと遠いんだけどよ、マルトー工房っていう、腕のいい職人がいる工房があってな」


 その名前に全員が首を傾げてから、モンタナの方を向いた。モンタナは手をぐっぱしながら視線を逸らそうとして、どっちを向いても見られていることに気づいて下を向いた。

 モンタナが全員の注目をあつめていることに気付いたオクタイも、モンタナの方を見る。しばらくそうしてから、オクタイは急に大きな声を出した。


「あっ!マルトー工房のチビ!」

「チビじゃないです、腰巾着さん」


 珍しく刺々しい口調と目線を向けるモンタナに、ハルカは驚く。プイッと顔を逸らしたモンタナの尻尾は真っ直ぐと立ってぶわっと膨らんでいた。





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