百三話目 喧嘩の程度

 オランズと近い中世の雰囲気を感じる街並みが、メインストリートを挟んでずっと奥まで続いていた。街の中心部にはこれもまた高い塀で囲まれた城がある。実際にあの城まで追い詰められた時に逆転の目があるのかは疑問視されるが、威圧感はたっぷりで、権勢を示すのには十分なものであった。

 街に入ってすぐのところにある喫茶店で、お茶を飲みながらアルベルトが入ってくるのを待つ。お互いに冒険者だから死ぬ程酷いことになることはないだろうし、あまりにヒートアップしていれば流石に兵士が止めてくれるはずだ。

 この街に来た理由はアルベルトが武闘祭に出場したいといったからだ。他の面々としては何も急ぐ用事がないものだから、気持ちには余裕があった。



 ハルカ達に遅れること一時間、楽しそうに会話をしながらアルベルトが街に入ってきた。隣にはさっきまで喧嘩していたはずの男が立っている。割り込みをしてくるような人物であったから、ハルカは自分とは相性が悪そうだと思ったが、この世界に来たばかりの頃を思い出して考えを保留した。案外ああいった奴らは一度仲良くなると頼りになったりするのだ。


「わぁ、なんか仲良くなってる……」


 コリンが眉をしかめながらも、アルベルトに手を大きく振った。

 気付いて寄ってきたアルベルトは、顔を少し腫らしていた。他にも怪我はありそうだ。こんなことで武闘祭は大丈夫なのだろうかと心配になる。


「こいつオクタイ!二級冒険者だってよ」

「さっきは悪かったな、ちょっと武闘祭前に一発かましとくかって思ってな、かっかっか」


 妙な笑い方をするオクタイという男は、さっきとは違って底意地の悪い顔はしていなかった。浅黒い肌をしており、色としてはハルカの肌の色に近い。地球で言うと中東系のくっきりとした顔立ちをしていた。


「いやっ、にしてもよ、こんな北の地域でダークエルフを見られるとはついてるぜ」


 オクタイは左手を前に突き出して、ハルカを拝むようにする。

 突然の行動にハルカはさっと身を引く。間にモンタナがとことこと入ってきたのを見て、オクタイがまた笑う。


「かっかっか、なんだ、このダークエルフの姉ちゃんには小さいナイトがついてんだな、喰いかかったりしねぇさ。俺らの地域じゃダークエルフを拝むと良いことが起こるって言われてんだ。そんだけ珍しいってこったぜ」

「お前南方大陸から来たんだろ?あっちでも珍しいのかよ」

「そりゃそうさ、ダークエルフっていったら最南端の大森林で、長いこと破壊者ルインズの侵攻を抑えてる戦闘民族だぜ。俺らにとっちゃ守り神みたいなもんで、滅多に北になんか出てこねーよ」

「へぇ、ハルカが強いのもそのせいかもしれないわね」

「つってもその姉ちゃんが強そうには見えんけどな」


 はじめて聞いた話に、コリンがハルカの顔を見る。そんなに見られたところで記憶は戻ってきたりしない、なにせ記憶喪失だというのは嘘っぱちで取り戻す記憶などないからだ。すっと目をそらしたハルカにコリンは首を傾げた。

 ハルカはその話をさっさと切り上げようと、それについては言及せずにアルベルトに近づき、腫れた頬に手を当てる。


「治癒、包め、温み、作れ、戻せ、癒せ、彼の肉体を。ヒーリング」


 黙ってされるがままになっていたアルベルトの頬の腫れが見る見るうちにひいていく。ハルカはそのままアルベルトの頬に指先でぺしっと触れて、注意する。


「武闘祭に出るんでしょう。コンディションは整えておかないとダメですよ」

「いや、大した怪我じゃねぇし……。んまぁ、気を付ける、ありがとう」

「お、あんた治癒魔法使えるのかよ、すげぇな。ついでに俺の怪我も治してくれよ!」


 オクタイがハルカに右手を差し出して見せてくる。チラリと目を向けていると、その小指と薬指が倍くらいに膨れているのが分かって、ハルカは目を剝いた。おそらく折れているかひびが入っているであろうに、よく平気な顔をして雑談していられるものだ。


「アル?!骨を折ったんですか?!」

「おう、剣使えないように折ってやった!」


 誇らしげにアルベルトが笑った。ハルカは責める口調で言ったつもりだったが、本人は褒められたと思ったようだ。価値観の相違である。

 話が通じていないアルベルトと話すことはいったんやめる。そんなことより治癒魔法をかけねばとハルカが患部に手を伸ばすと、コリンが腕を掴んでそれを止めた。

 そうして笑顔でオクタイに片手を差し出す。


「治療代」

「コリン、これアルベルトが怪我させたんだし……」

「あっ、そりゃそーだ!今日のお前たちの宿代と飯代持つってことでどーだ?」

「乗った!」


 勝手に商談が成立してしまった。どうにも納得いかずにハルカが難しい顔をしていると、オクタイからフォローが入る。


「かっかっか、俺だってタダでやられたわけじゃねーさ、アルベルトだってあばらの一本くらい折れてたはずだぜ」


 その言葉を聞いて、ハルカはぐりんとアルベルトに振り返り、怒ったような顔を見せた。大した怪我じゃないなんて大ウソだった。アルベルトがばつの悪そうな顔をして、視線だけハルカから逃がす。


「もう大丈夫なんですか?」

「さっきの魔法で全部治った」


 視線を合わそうとしないアルベルトに、ハルカは大きなため息をついて、オクタイへ向きなおり、治癒魔法をかけた。


「おほー、すげぇすげぇ!治癒魔法何てちょっと疲れが取れる、位にしか思ってなかったけど、専門でやってる奴のだとこんなに効果があるんだな!宿代なんて安いもんだぜ」


 オクタイはその怪我の治りを見て、ハルカを治癒魔法の専門家だと勝手に決めつける。誰もわざわざそれが違うとは指摘しない。

 ただコリンが小さな声でつぶやいたのをハルカは聞いていた。


「うーん、宿代とご飯代くらいじゃ安いのかぁ……。次からはもっとふっかけよう」


 商魂たくましくて頼りになることである。

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