百二話目 目が合うと襲ってくるもの、ヤンキーと獣

「寂しくはなると思うけれど、ここでお別れとしよう。くれぐれも約束のことは頼むぞ」


 そう言い残してギーツはシュベートの街の中へ消えていった。ハルカ達は街に入るための順番待ちだ。大きな門にむかって続く行列の一番後ろに並んだ。

 横から特別待遇で街に入れたところを見ると、確かにギーツは貴族であったようだった。

 彼が何度もハルカ達に約束の念押しをしたように、アルベルトとコリンが、依頼の完了報告だけはきっちり行うように散々念押しをしていたから、おそらく今回の任務も達成ということになるはずだ。


 あと一週間ほどで武闘祭が開催されるからか、行列に並ぶ人の中にはやはり腕に自信のありそうなものが多い。

 この世界に来たばかりの頃のハルカであれば、このようないかつい集団の中に混じり込んだら、体を小さくしてできるだけ目立たないように努めていただろう。

 冒険者ギルドの宿で暮らす期間が長くなった今は、そんな風に無闇矢鱈と人を恐れたりしなくなっていた。

 いつもの通り向けられる人の視線は多く、それに気が付いてはいるが、自然体でうけながすことができるようになっていた。いちいち気にしていたら疲れてしまうので、当然の順応とも言えた。


「街に入るのにずいぶん時間がかかりますね、なんででしょう?」


 背伸びをして長く続く列の先頭を見てみようと思うが、あちこちに背の高い人たちがいるせいでそれは叶わなかった。


「全員の身元確認をちゃんとやってるからじゃねーの?」

「そういえばレジオンでは団体の中の代表が身元証明すればよかったですもんね」


 その辺で肉の串焼きを買ってきたアルベルトが、肉を頬張ったまま体を傾けて先頭の方を見ようとしている。


 列の周りには屋台が立ち並び、まるでお祭りのような騒ぎだ。武闘祭の期間ではないが、それに向けて続々と人が集まってくるこの期間は、街にやその周辺に暮らすもの達にとっては前夜祭のようなものなのかもしれない。


 たまにあちこちから怒号が聞こえてきたり、その辺に気を失っている荒くれ者が転がっているような、なかなか乱暴な前夜祭だ。

 血の気の多いものが集まっている為、あちこちで喧嘩が起きて、気絶者が量産されているようだった。そう言ったもの同士の争いならともかく、一般人が巻き込まれそうになると、できる限り警備をしている兵士たちが駆けつけ、間に入っている。ご苦労なことである。

 正義感溢れるものが仲裁に入り助けている姿も見られたが、新たな戦いに発展することもあるようだからそれも良し悪しだ。せめて自分だけでも兵士さん達の仕事を増やさないように気をつけようと、ハルカはあまりキョロキョロしないようにすることにした。先ほどからケンカの発端を聞いていてわかったのだが、目があっただけでも因縁をつけてくるのはどの世界でも共通のようだった。


 スッと目の前に人影が横切り、その人影はそのままハルカの目の前に立った。にやけた顔で、首だけ後ろに回しハルカに挑発するような視線を向ける。文句があるなら言ってみろというところだろうか。女子供しかいないと思って舐めてかかっているのだろう。とんだ無法地帯である。

 こういう時になんと声をかけるのがいいのか、まずそこからハルカが考えていると、横からイラついたアルベルトの声がした。


「割り込みしてんじゃねえよ、ちゃんと並べ」


 パーティで一番ケンカっ早いのがアルベルトだ。こういう時に第一声を発するのもアルベルトの役割ではあった。別に決め事があったわけではなかったが、アルベルトもそういうもんだと思っている。


「お坊ちゃんにお嬢ちゃん、俺は武闘祭に出るためにここに来たんだぁ。聞こえなかったんだが、なんか文句でもあんのか?」


 いくら武闘祭前とはいえ、この列に並んでいるのは武芸者ばかりではない。ハルカ達の後ろに並んでいる者の中に戦えそうなものがいないのを見て、ここに割り込んできたのだろう。その証拠にハルカ達の前には巨人を思わせる、二メートル以上はあろうかという筋骨隆々の者が並んでいた。その背には巨大な戦鎚が背負われている。

 一方で男は体は鍛えてそうであったが、戦鎚の男よりは頭ひとつほど背が小さく、体の厚みもその半分くらいしかなかった。

 とは言え戦鎚の男が巨大すぎるだけで、その男が華奢なわけではない。女や子供から見たら十分すぎる大男だった。


「耳わりぃのかよ。割り込みしてんじゃねえ、ちゃんと並べって言ったんだよ」


 男の脅し文句を理解してるのかしていないのか、アルベルトは律儀に同じことを繰り返した。


「テメェ、ここはまだ武闘祭の会場じゃねえんだぞ?足か腕なくして泣いて帰りたくなきゃ黙って引っ込んどけ」


 顔を近づけてガンを飛ばす男に、アルベルトは下から同じようにガンを飛ばす。まんま漫画で見たことのあるヤンキーの前哨戦のようで、ハルカはハラハラとそれを横から眺めていた。


「横にいる姉ちゃんに心配されてるじゃねえか、今から家帰って頭なでなでしてもらえよぉ」

「うるせえな、武闘祭の口喧嘩部門にでも出るのかよ」


 二人は黙って睨み合って、そして一瞬後、同時に右拳を相手の頬に叩きつけた。綺麗なクロスカウンターに二人が同時によろけて、少しの距離があく。


 その場でまた睨み合う二人。


 戦鎚の男が冷めた視線を二人に向けて数歩前に進んだ。


 少し進む列。


 それに合わせて進むハルカとコリンとモンタナ。


 近づいて殴り合う二人。


 それを見ないようにしながら少しずつ進んでいく、ハルカ達の後ろに並んでいた人たち。


「っだコラ」「やるじゃねぇか」という声が段々と後ろに遠ざかっていく。


 屋台にいるおじさん達は呑気に「やれやれー」やら「どっちが勝つと思う?」と喧嘩を楽しんでいるようだった。


 二人とも剣を携えているのに抜かなかったのをみて、ハルカはすぐに心配するのをやめた。武闘者の参加者は誰も気が昂っていて、こうして喧嘩をすることでガス抜きをしているのかもしれない。

「そのうち街に入ってくるでしょ」というコリンの冷たい一言を聞いて、ハルカも、まぁ大丈夫だろうと判断していた。

 いつの間にかハルカもすっかりこの世界に馴染み始めていることに、本人はまだ気づいていなかった。

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