百四話目 武闘祭前の二回戦

 前払いの宿泊費をオクタイに支払ってもらい、ロビーで食事をする。ここまできて別々で食べるのも違う気がして一緒の食卓を囲んでいる。食事をするより杯をあおることの方が多いオクタイは、いかにも冒険者という風貌をしている。街のあちこちで喧嘩が起きているのを見かけたが、自分たちが絡まれなかったのは、もしかしたらオクタイが風よけになっていたからかもしれない。


「そっちの嬢ちゃん達は武闘祭出場しねえだろ?ちっこい獣人の方はどうだ?」

「でないです」


 モンタナは肉を一口大に切ることに集中しており、目も合わせずに返事をした。オクタイは気にした様子もなく、杯をまたあおる。顔色一つ変わらないのを見ると、相当酒に強いようだ。


「んじゃこん中で出場すんのは俺とアルベルトだけか」


 オクタイはアルベルトのことだけは名前で呼ぶ。喧嘩した奴は友達で、それ以外は有象無象と思っているのかもしれない。変わった感性をしているが、彼に好かれるためにわざわざ喧嘩をしたくはない。こちらに来てからも直接の殴り合いはしたことがなかったハルカは、彼といい勝負をする自信もなかった。


「ってことはチームのリーダーはアルベルトか?」

「ん?ハルカだろ?」


 当たり前だろ、という顔をして答えたアルベルトに、ハルカは首を横に振った。


「どうしてですか?そんな話ありましたっけ……?金品管理をしているコリンがリーダーでいいんじゃないでしょうか」

「え、やだ。モン君お願い」

「アルに声かけられたですから、アルがリーダーです」

「え、俺やだぞ」


 一周まわって全員が顔を見合わせる。全員が何故かリーダーという役職をやりたがらない。年齢から言えばハルカが引き受けるのが妥当かもしれない。しかしこの世界への理解度が圧倒的に低い自分がやるべきではないとハルカは思っていた。


「なんだお前ら、遠征までしてるくせに変な奴らだぜ。一番強い奴がリーダーやればいいだろ」

「「じゃあハルカで」」


 幼馴染二人の声が重なり、モンタナも口に肉をほおばりながらハルカの方を見た。ハルカは首をぶんぶんと横に振る。


「いえ、私喧嘩とかしないので、そうはならないでしょう」


 丈夫で力があるだけで強いと思われてはかなわない。実際に殴り合いや斬りあいをしたわけじゃないのだから、妙な評価はやめてほしかった。それに対して意外なところから援護射撃が飛んでくる。


「馬鹿ぁ言っちゃいけねえよ。このダークエルフ姉ちゃんが、アルベルト、お前より強いってのか?あんだけの治癒魔法が使えるのは確かに大したもんだぜ。でもそれと戦闘力は別の話だろうが。それに引きしまっちゃいるが、この姉ちゃん体を鍛えてもねえだろうが」


 何故か怒ったような顔をしてそうまくしたてるオクタイは、胡乱な者を見るようにハルカを睨みつけた。

自分が言ったわけでもないことで、こんな視線を向けられるても困る。

ハルカはどうしてくれるんだとばかりに、アルベルトに助けを求める視線を向けた。


「俺だって前線でどつき合って階級あげてきた二級冒険者だ。いくら素手の殴り合いとはいえ、俺にけがをさせられるお前より、この魔法が使えるだけの姉ちゃんのが強いとはとても信じられねぇなぁ」

「信じろなんて言ってねえだろ。俺たちはハルカが一番強いと思ってる、それだけだ」


 ハルカの視線に気づかずに、どや顔をして言ってのけた。ハルカは嫌な予感がして、話を聞いてませんよ、とでもいうかのように、口に食べ物を詰め込んだ。オクタイとは視線を合わせず、たまにピクリと動くモンタナの耳をじーっと見つめる。


「おいしくないですよ」


 視線に気づいたモンタナが、ハルカの顔を見て、自分の耳を手で押さえ隠した。別に食べたいと思ってみていたわけではないが、口にものを詰め込んでいるせいで言い訳もできなかった。

いつからそんな食いしん坊キャラみたいに思われていたのだろうか。ハルカはコップに手を伸ばしながら考える。


「信じらんねぇぜ、そんなに言うなら勝負だ」

「望むとこだ!」


 望んでない、勝手に返事をしないでくださいという言葉も、口がいっぱいで言うことができなかった。食べ物を口に詰め込んだのは大失敗だ。コップを傾けて何とか喋れる状態になったときには、オクタイが立ち上がってストレッチを始めていた。


「すいません、私はやりたくないです。それからアル、勝手に返事をしないでください」

「だってハルカが馬鹿にされてるんだぞ、見返してやらないと!」

「別に私は弱く思われても悔しくないのでいいんです」

「俺が悔しいんだよ!俺は、ハルカが強いと思ってるんだ!」


 ハルカにはその気持ちがあまりわからない。勝手に推し量られて、勝手に弱く思われたところで現実はそこにある通りなのだ。まして自分は本当に喧嘩なんかしたことがないから、彼の言うことももっともだ。しかし彼が悔しがるほど自分のことを

 信じてくれているというのは悪い気分ではない。

 とはいえ、勝てないであろう勝負に乗って、彼をがっかりさせてしまうのも嫌だった。


「へいへい、勝負に乗らないってならやっぱりダークエルフ姉ちゃんはお前より弱いってことだぜ、かっかっか」


 ばんっ、とテーブルをたたいて怒った顔をしているアルベルトを見て、ハルカはため息をついた。モンタナとコリンの方を見る。


「別に断ってもいいんじゃない?アルが勝手に言ったことだし」

「僕もハルカの好きにしたらいいと思うですよ」


 ハルカは少し考えて、もう一度深いため息をついた。

 アルベルトの背中をぽんぽんと叩きながら話しかける。


「負けちゃうかもしれませんよ?」

「負けない」

「何を根拠にそんな強気なんですか、もう……。私人と喧嘩したこともないんですからね」

「でも強いし」

「一回だけ、人の迷惑にならなさそうなところでやりましょう。今後はこういうことにならないようにしてください。アル、あなたに言ってるんですからね」

「…………」


 返事をしないのは何故なのか。ハルカはジト目でアルベルトを見るが、彼は黙ってそっぽを向いた。やっぱりやめようかな、と思ってオクタイを見ると、やる気満々で腕を振り回しながら、もう宿の外へ歩き出していた。


 嫌だなぁ、喧嘩。

 こんなに気が乗らないことがかつてあっただろうか。


 ハルカは返事をしないアルベルトの頭を小突いてからオクタイの後を追った。



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