九十四話目 中間地点

 モンタナが大きな口を開けて欠伸をしたのを見て、ギーツが嬉しそうに声をかける。


「なんだ、昨日はよく眠れなかったのか?野営というのはそういうものであるからな、はっはっは」


 彼は不寝番を立てていたことを知らない。その前に寝てしまったし、全員が起きて活動をし始めてから目を覚ましているからだ。


「朝ごはん食べたから眠くなったです」


 むにゃむにゃと口を動かしながら、答えるモンタナにはいらだった様子はない。長い尻尾を手櫛で整えながら、ギーツのことを見上げる。太陽の光が目に入ったのか、眩しそうに目を細めた。


「まだ幼いから仕方なかろう。……おっと、君は16歳であったかな?どうも見た目も相まって幼く見えてしまうな」

「よく言われるです」


 パーティの面々もそろそろ彼の減らず口にも慣れてきたのか、あまり気にする様子もない。このギーツという人物、自尊心は高いものの、言い返されても怒って暴れだしたりしないものだから、それほど扱いは難しくない。

 こんな調子で旅を続けていれば、目的地に到着するころには案外いいムードメーカーになっている……、といいなとハルカは思っていた。



 その日、翌日共に同じような旅を続け、四日目の夜には小さな村で物資を補給する。干し肉や旅に必要なものは、街道沿いにある村では取り扱っていることが多い。割増しではあるが、報酬を考えれば些細な出費だ。

 とはいえ、ただで食べさせる飯はない。


 買い物の交渉を終えたコリンは、黙ってギーツに手のひらを差し出した。


 ギーツは不思議そうな顔をして、その手を握ろうとする。


「うむ、握手くらいならいつでもしてやるぞ」


 ぱちん、といい音がして、その手が払われた。


「手のひらを上にしてるのに、どうして握手だと思うわけ?お金払いなさいよ、自分の食べてる分くらいは」


 ギーツは少し悲しそうな顔をして、手をさする。被害者みたいな顔をしているが、ここまでただ飯を食べさせてもらったのはこの男爵令息だ。お金の管理を任されているコリンが眉を吊り上がらせるのも無理はなかった。


「し、支払うとも、もちろん。そのようなケチな男だと思わないでいただきたい。何ならここの支払いは私が全てもとう」

「ホント!?ありがとうございます、じゃあお願いします!」


 コリンはギーツの後ろに回って背中を押し、取引相手の前に立たせる。

 そのまま回れ右をすると、全員のリュックサックを開いて、重さを考えながら

 食料を詰め込み始めた。

 取り残されて困ったのは取引相手のおじさんとギーツだ。ギーツはやっぱり少し悲しそうな顔をしながら佇んでいた。おじさんもその表情を見て、本当にこの男に請求をしていいのか悩んでいるようだったが、ギーツがノロノロと財布を取り出したのを見てほっとした顔をしていた。


「ちょっと慣れてきた、あの人の扱い方」

「なんかちょっとかわいそうだな……」


 鼻歌を歌いながら荷物をつめるコリンのセリフに、アルベルトが小さな声でそういった。うまいこと使われてしまっているギーツに、男としてなんとなく思うところがあったのだろう。憐れんだ目で支払いをするギーツを見つめていた。



 そこからさらに歩いて七日目の夜。

 国境付近にたどり着き、関所のそばで一晩を過ごすことになった。

 生憎手続きはすでに終わってしまっていたので、入国は明日関所の兵士たちが働き始めてからになる。

 自分が支払ったもので食事が作られているからか、あるいは旅慣れてきて少し余裕が出てきたからか、ギーツは食事を待つ間も元気そうにしていた。

 今のところ夕食前の焚火に火をつけるのは自分の係であると思っているようで、薪が揃ってくると、まじめな顔をしてやってきて、乾いたものを自分でいくつか選んで集めだす。最初の頃のように最初から大きな薪に火をつけることはせずに、小さな乾いたものを使用するようになってからは、一回の魔法で着火ができるようになっていた。

 火が付くとあっちこっちに散らばっているパーティメンバーを見てどや顔をするのだが、相手をしてくれるのはハルカとモンタナだけだ。そのうち火がつけ終わるとそのどちらかにそばに寄ってくるようになったので、遠くにいても焚火の準備ができたのが分かるようになった。

 その姿はさながら、宝物を飼い主に見せに来る犬みたいであった。

 そう思うとまぁかわいいものかな、とハルカは思っていた。なにせ精神的な年齢で言うとギーツだって二十以上も年下の子だ。背伸びしたい年頃なのかなとおじさんは思う次第であった。


 そんなやり取りがありながら、コリンの作る晩御飯を待っていると、いつものようにアルベルトが剣をもって素振りを始める。

 ギーツは地面に座り、自分の作った焚火をつついたり、木を足し入れたりしていたが、アルベルトが動き出したのを見て声をかける。


「君はよくもまぁ毎日素振りを続けるね」

「なんだよ、悪いか?」

「いや、どうしてそんなことを毎日続けられるのかと思ってね」


 珍しく減らず口を叩くでもなさそうなギーツに、アルベルトは一度剣を納めてその場にドカッと座った。


「強くなりたいんだからできる努力はするべきだろ」

「どうして強くなりたいんだい?」

「そりゃあ冒険者として活躍したいからだろ」

「それだけかい?」

「だから、なんか悪いのかよ」


 淡々と尋ねてくるギーツに、鬱陶しいとは思うもののどうも強く出られない。質問の意図はわからないが、ギーツが馬鹿にするために話している様子がないことはわかる。今まで自分の話ばかりしていた癖に、急に妙なことを尋ねてくるものだからアルベルトは困惑していた。


「……君みたいな単純な子が、僕の家に生まれればよかったんだけど」


 ギーツが自分の腰に佩いた剣の柄をぎゅっと握って俯いた。いつものギーツらしくない様子に、ハルカも首をかしげる。それきり黙り込んだギーツ。

 困った顔をしたままのアルベルトがハルカのそばに寄ってきて尋ねた。


「なぁなぁ、今俺馬鹿にされたのか?怒ったほうがいいのか?」

「……いえ、そういうのではないでしょう。話は済んだみたいですし、訓練に戻ってもいいと思いますよ」

「そうか、そうか?なんだよ、あいつ変なの」


 ギーツはさっきとは一変して、暗い顔をして木の棒で炎を突っついている。それを気味悪そうに眺めてから、アルベルトは炎を挟んで反対側までわざわざ歩いて行って、そちらを見ないようにして素振りを始めた。









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