九十三話目 夜のお話

 ギーツは何かを考えるように、言葉少なに食事をして、それからすぐに荷物の中からぐるぐるに丸めた毛布を取り出して、木の下で横になった。

 ただ疲れて喋るのが億劫になっていただけなのかもしれないが、彼は彼なりに何か考えているのだろうとハルカは解釈していた。


 ハルカ達も2組に分かれて、交互に休むことにした。

 野営の場合、火の番をしなければいけないし、何かが近づいた時にすぐに対応できるように、最低でも一人は起きておきたい。

 ただ一人ずつ交代で起きて黙って座っていると、どうしても眠気に負けて、気づいたら眠ってしまっていることがある。それを避けるために、二人一組で不寝番をするのが一般的であった。


 アルベルトとコリンがしばらく起きていてくれるそうなので、ハルカ達は先にローブやマントにくるまって眠ることにした。眠るときはあまり離れず、火の灯りが届く範囲で、くっついて休む様にしている。

 旅をしていると、横になってぼーっとしているとすぐに眠りに落ちてしまう。夢も見ずに起こされるまでぐっすりと休むことがほとんどだ。

 今日もご多分にもれずコリンに揺り動かされるまで、一度も目覚めることがなかった。

 しょぼしょぼとした目を擦りながら、不寝番を交代し、まず大きな薪を焚き火に投げ込んだ。

 モンタナも火の周りに来る途中に一本太い薪を持ってきて、その中に差し入れる。

 パチパチという火の燃える音をただ黙って聞いていると、目がトロンとしてきて瞼が重たくなってきてしまう。

 このままではまずいと思ったハルカは、ぼーっとしながらも手を動かしているモンタナに話しかけた。

 眠っている邪魔をしたくなかったので、一度立ち上がって、モンタナの横に腰を下ろす。


「モンタナ、お父さんとは仲がいいんですか?」

「……大丈夫ですよ、ドットハルト公国に行きたくなかったわけではないです」


 遠回しに質問したつもりだったが、すぐに察したのか、モンタナはハルカのききたかった回答を返した。モンタナはぼーっとしているように見えるが、気配を探る時や、人と会話するときに異常に鋭い感覚を発揮することがある。

 最初の頃は普段ののんびりしたマイペースなモンタナとはまるで別人の様に感じることもあったが、最近ではこれもモンタナの側面なのだろうと受け入れることができてきた。

 人の感情や、ちょっとしたものの変化に敏感で、繊細な子なんだろうとハルカは思っている。

 それだけに、ドットハルト公国へ行くという話になった時に、ハルカに悟らせるほどの大きな動揺を見せたモンタナのことを心配に思っていた。

 あまり人の心に立ち入るのが得意でないハルカは、そう返答されるとそれ以上何も聞けなかった。

 作業を再開したモンタナの手元をじーっと見ながら、考える。

 もしモンタナの変化に気づいたのがアルベルトだったら、迷いなく、もっと強くモンタナのことを聞くのだろうと思う。それが彼の良さだ。

 コリンだったら、遠慮がちにでもしつこく聞くのかもしれない。彼女は結構仲間思いだ。

 でもそれは彼らだったらの話で、ハルカはハルカだった。人が違えば、取れる手段も違う。彼らのそう言った強さをハルカは尊敬はしていたが、自分がそれに倣うのは違う様な気がして、木の弾ける音を聞きながら、静かにモンタナの隣に座っていた。


 モンタナは小一時間ほどその作業を続けていた。彼の小さなては器用に動き、指で石をなぞっては、そこに絶妙な力加減でやすりをかける。この動作にどんな意味があって、この石がどうなったら作業が終わるのかはわからないが、モンタナがただ無意味にやすりをかけ続けているわけではないのは何となくわかる。

 不意にモンタナがやすりをしまって、石を袖で撫でてから作業をやめた。

 袖に全て仕舞い込んで、火をじーっと見つめて、それからモンタナがハルカに話しかけた。


「ホントにだいじょぶです。何かあれば、他の何より先に、僕の心配をしてくれる仲間がいるですからね」


 目を細めて炎を見るモンタナの表情は柔らかく、少し笑っている様にも見える。


「そんなに心配しなくても、辛いことがあったら頼るですよ」


 地面につけていた左手の上で尻尾がふぁさふぁさと動き、モンタナは立ち上がる。後ろ姿を追いかけると、すぐそこにある薪をとりに行った様だった。確かに最初に不寝番を代わった時より幾分か炎が小さくなっている。

 ハルカはモンタナのことばかりを見ていて、炎をあまり気にしていなかったことに気づく。何かが気になると、他のものが疎かになるのは、昔からの悪い癖だった。

 その上モンタナにも心配しているのが筒抜けだったようだ。

 元の世界にいる頃は、あまり感情を人に察せられることはなかったのに、ここにきてそんなことばかりだ。それだけ近しいものができたと喜ぶべきか、それとも未熟な己を恥じるべきか。

 自分も薪を運ぼうとモンタナの後を追って立ち上がる。

 なんだかとても気分がいい。

 今は自分の未熟さのことより、モンタナの寄せてくれている自分への信頼が嬉しかった。






 朝になってコリンが軽いスープを作って、いざ食事という段階になってようやくギーツが目を覚ました。


「やぁ、皆朝が早いのだな」


 一番早く寝て、一番遅く起きて、いいご身分である。実際に貴族といういいご身分なので仕方がないのかもしれない。

 おそらく不寝番が立っていたことすら気づいていないギーツは、一番ぐっすり休んだおかげか、朝は誰よりも元気な様子だった。

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