九十二話目 世界比較
二人が焚火の方へ向かった後に、ハルカは穴をふさぐ作業を進める。
穴をふさぐ魔法の詠唱を考えていたのだが、いい詠唱が思いつかない。考えている間に土を少しずつ穴に入れていたら、思ったより時間がかからず全て埋めることができてしまった。
詠唱をせずとも、戻れーって思ったら戻るのかもしれなかったが、折角だから皆が唱えるようないい詠唱を考えてみたかった。しかしいざ自分で考えてみると、もっといいのがあるんじゃないかと思い始めてしまって、詠唱をすることがためらわれた。
カッコいい魔法を考えながら歩いて焚火まで戻ると、コリンが料理をし始めたところだった。
火の傍らでは、ギーツが座り込んで、一仕事した、という様子で額をぬぐっていた。少し前まで魔法を使っていたのかもしれない。薪が湿っていたせいで火がうまくつかなかったのだろうか?
どちらにしても今は火がついているので、追及するほどではないと、ハルカも火を囲むようにして腰を下ろした。
焚火は二つに分けられている。ハルカやギーツが囲っている大きなものが一つ。コリンが調理に使っている、石で囲んだ小さなものが一つだ。
普段はハルカのリュックの一番外側にくくられている大きな鍋を、石の上にデンとおいて、その中に水と拾ったらしい野草、乾燥した豆と、強く味付けされた干し肉を入れてぐつぐつと煮ているようだった。
多分自然な優しい味の豆が潰れた粥のようなものができるはずだ。特別美味しいものではないが、エネルギーにはなる。
周りには兎肉を串に通したものを地面に刺して、遠火で焼いている。調味料は持ってきているので、今日は串焼き肉をメインとして楽しむべきだろう。
寒空の下でこうして火を囲んでいると、屋根壁があり、頼めば食事の出てくる普段の生活のありがたさを痛感する。
この世界に来る前までと比べれば、日常生活は不便なこともたくさんある。
しかし思い返してみれば、元の世界での生活は豊かすぎて、気を抜く時間が多すぎたようにも思う。調節しなくてもいい火、触っても火傷をしないあかり、夏も冬も適温の中で過ごし、遠くへ行きたければ乗り物を選べばいい。
その生活の中にある仕組みを、いったいどれほど理解して、その手軽さを享受していたのだろうか。今作れと言われて、それらを作るための必要な材料を渡されたとしても、自分では何一つ組み立てることができないだろう。
今暮らしているこの世界より、よっぽど複雑で理解しがたい世界だった。そう思うのはハルカが元の世界に馴染むことができていなかったせいだろうか。
対してこの世界での暮らしは、手を伸ばせば理解できるものが殆どだ。
社会の仕組みもそれほど複雑ではない。人の感情も元の世界よりよっぽど素直なものが多い。ハルカはいつの間にか、自分にはこちらの世界の方が合っているんじゃないかと思い始めていた。
その気持ちが、恵まれた能力を与えられたことによる傲慢であるかもしれないと自省してはいたが、では明日から元のおじさんの能力でこちらで過ごすか、元の世界で過ごすか選んでください、と迫られても、この世界に残ることを選んでしまう気がした。
火を見ているとそんなとりとめのない考えが頭の中をよぎる。
ふと顔を上げると、ギーツはうとうとと舟をこぎ、アルベルトは素振りをし、コリンは肉をじーっと見つめ、モンタナは石を炎に透かして片目で見つめていた。素朴な光景だった。全員が自分の理解できることをしている。
こんな素朴で、しかし刺激的な日常はきっと元の世界では味わえなかった。
「できた、できたよー」
コリンのできたよーという声で、意識が戻ってくる。
わらわらと鍋に集まって、それぞれのコップで鍋から出来たものをすくう。熱いそれを吹きながら、啜り、肉をかじる。肉が香ばしくてとてもおいしい。鍋の豆も、まずくはない。この材料でまずくない料理が作れるというのは、やはりコリンは料理上手ということなのだろう。味の調整が絶妙だった。
「ふん、まぁ、うまくはないな」
勝手に作ったものを食べて、失礼な感想を言っているギーツをコリンが目を細くして見ながら、告げる。
「それ、私たちのパーティ用なので、別に食べなくてもいいんですけど」
「な、なにを言う、私の食事の準備をするのは当然であろう?」
「当然じゃないんですー、契約は護衛だけなんだから、そういうのは自分でやってもらって普通なんですー」
うまくない、と言われたのに腹を立てているのか、コリンが頬を膨らませながら、ギーツへ告げる。
確かにそうなのだ。ハルカ達のパーティは、ギーツの安全を確保しながら目的地へ送り届けるのが仕事であって、道中の食事や、生活用品の準備までは請け負っていない。当たり前のように食べ始めたので、誰も文句は言わなかったが、失礼なことを言われたものだから、コリンも口を出したくなったのだった。
元々準備してこないだろうなぁとは思っていたから、一人分くらい増えても大丈夫なくらいの食糧は持ってきている。ただ、感謝もなく、当たり前のように食べられたあげく、うまくないなどとは心外だった。
「そう……、なのか?」
ハルカの方を向いて尋ねるギーツ。
なぜ自分に尋ねるのだろうと思いながらもハルカは頷いた。ハルカに尋ねたところで答えは同じだ。パーティとして相談して準備しているのだから、一人だけ違う意見が出てくるはずもなかった。
「ええ、そうですよ。もし食事やそのほか諸々の手配も私たちでやるようでしたら、もっと依頼料をいただいてます」
「そうか……、そういうものなのか……」
知らなかった、と呟くギーツは、それ以上何もしゃべらずに黙々と食事をつづけた。わかったからと言って遠慮がちにならないところが、彼らしかった。
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