七十七話目 大人子供の会話

「特に答えづらいことなんてありません。ただこの世界にいる種族の詳細や、歴史について教えてもらっただけです。流石教師なだけあって、マルチナさんはものを教えるのが上手ですね」

「ほう、それは良かった。ハルカさんはそういったことに興味があるのかな?」

「ええ、聞いていて面白かったです」


 コーディはハルカに最初にあったころのことを思い出しながら、自分の顎を撫でた。このハルカという女性は落ち着いた物腰をしている割に、ものをあまり知らないし、感覚が一般的な人族とはずれている。

 ダークエルフはそういうものだと言われればそれまでであったが、立ち振る舞いと知識量に違和感を覚えていた。そもそも北方大陸では見ることのないダークエルフが何故新人冒険者をしていたのかにも興味があった。


「ハルカさんの地元ではあまりそういった話は聞かなかったかな?」

「……あの、私半年くらいより前の記憶がないという話はしていませんでしたか?てっきりご存知かと思っていました。冒険者ギルドからはそういった話はしないのですね」

「記憶がない……?いや、聞いてないなぁ。冒険者ギルドは個人の情報はあまり外に漏らしたりしないからねぇ」


 ハルカの困惑した表情に嘘は感じられなかった。たまに妙に子供っぽくなるタイミングがあったのはそういうことだったのかとコーディは納得する。

 ハルカの方は知らなかったのなら話す必要もなかったのかなと思っていた。特別隠すようなことでもなかったが、何かを探るように話を進めているコーディに対して、無料で情報をくれてやらなくても良かったかもと思ったからだ。


「ユーリはどうなりました?こちらで生活していけそうですか?」


 相手のペースで話が進むのを避けるために、今度はハルカから話を振った。意味のない話題ではないし、その後どうなったのかまだ聞いていなかった。


「ああ、皆がいるときに話したほうが手間でないかと思っていたんだけれどね。こちらの孤児院のような場所で預かってもらうことになったよ。彼の身の上についても何となく可能性のありそうなものが見つかったのだけど……、面倒な話になるからその辺りは伝えないでおくよ。これは君たちが余計なトラブルに巻き込まれないようにするためだね」


 どうやら複雑な事情がありそうな言い方をされて、ハルカは少し考える。この国は多くの国と国交を持っており、どこかに特別依存しているわけでもない。しいて言うならば北に接している王国が影響力が強いのだろうけれど、コーディの話し方を聞く限り、深刻な問題はなさそうだった。それでも見つけた責任もあり、何かできることはないかとハルカは尋ねる。


「その孤児院であれば、彼が普通に育っていけそう、ということでしょうか?」

「うん、今のところそう思っているよ」

「わかりました、ではお任せします。私が何かできるとも思えませんが、以前お伝えしたときと気持ちは変わりません。彼の為に私が何かできることがあれば声をかけていただければ嬉しく思います」

「もしそんなことがあればお願いするよ。君たちに力があるのは今回のことでわかったからね」


 コーディが店員を呼んで飲み物を頼みながらそう答えた。

 コーディは以前から思っていたことだが、このハルカという女性は他人に対して非常に寛容で、厳しい世界で冒険者をやっている人物とはとても思えないほどだ。     たまにオラクル教の老人などが見せるような人間性をしている。

 記憶喪失で背景もなさそうであるし、危険な思想も持っていなさそうだと判断したコーディは何気ない口調でハルカに話しかけた。


「それで、マルチナさんの考古学の話は楽しかったかい?」

「…………そうですね、興味深かったです」


 たっぷり悩んでから、諦めたようにハルカが答えた。

 その話をしたであろうことを確信をもって訪ねてきたコーディに、隠すことが無駄であろうと悟ったからだ。


「君はどう思ったかな、破壊者ルインズと人族の関係について」


 コーディは身を少し乗り出して、小さな声でハルカに話しかける。


「その質問に答える前に、私は彼女にオラクル教における正しい知識も同時に教わっています、とだけ伝えておきますね。別に変な思想を押し付けられたりはしていません。その上で、まぁ、言葉が通じるというのであれば、過去に共栄していた可能性はあるのではないかと思いました」

「なるほど、今は?」

「私はまだ破壊者ルインズに出会ったことがないので何とも。それを聞いてどうしようというのですか?」


 コーディはいたずらっぽく笑って、秘密だよ、と自分の唇に指を一本立てた。


「実は僕はね、最新の考古学研究で分かってきたことの方が、オラクル教で教えていることより事実に近いと思っている。表向きはそんなことは言えないけどね。だから変に教えて変に広まってしまった今回の件はこっそりさっさと収束させてしまいたかったんだ、大ごとになる前にね。予想以上に素早く事態を収拾してくれて助かったよ」

「……なるほど、どうして私にそれを話す気になったんですか?」

「それはこれまでの積み重ねかな。ハルカさんが迂闊にそういう話を漏らす人とも思えなかったからね。それにさ、今回一緒に旅をして思ったんだけど、君たちのパーティは、というかハルカさん、君はこれからきっともっと有名になると思うんだ。ここらで共犯関係になっておくのも面白いかと思ってね」


 今までと違い、目元までほころばせて少年のように笑うコーディにハルカは眉をしかめた。つまり、コーディの少年心に今後無理やり付き合わされる形になるようだ。


「そんなに嫌そうな顔をしないでほしいね。これでも私はいろいろと顔が利いて役に立つし、きっとこれからもいい依頼を回せるよ。ユーリ君のこともあるし、悪い話じゃないだろう?」

「……確かにそうかもしれませんね」


 具体的にコーディがどういった立場で、どれくらいの権力を持っているのかはわからなかったが、かなり自由に動き回っているところを見ると、それなりなのだろう。何か失敗しても国外にいる分には下手に巻き込まれることもないだろうし、落ち着いて考えてみればデメリットは少ないように思えた。


「もしさ、旅をする中でだよ、話の通じる破壊者ルインズとかと出会うことがあったら教えてもらえないかな。いい報酬を払うよ。あ、もちろん叩きのめしてからでいいからね、自分の安全が第一だ」

「それはまた、なんでですか?」

「……どうせ交易するなら、相手は多いほうがいいだろう?分かり合える相手なら、隣人を愛せよ、さ」


 マルチナと話しているとき以上にやばい話になっていることを自覚しながらも、ハルカはコーディの考えを否定しきれなかった。危険が伴うお願いに安易に同意はしかねたが、全ては実際に破壊者ルインズと会ってみてからだと思う。自分のことももちろんだが、下手なことをして仲間を危険な目に合わせるのだけはごめんだった。


「まぁ、もし本当にそんな破壊者ルインズがいるのなら、ですね。あまり期待はしないでくださいね」

「うん、うん!価値観の固まってない、将来有望な冒険者って貴重なんだ。そんな返事がもらえただけで十分さ」


 もしかしたらダークエルフの件を依頼されたときから、ここに至るまでの道筋もコーディの中には存在していたのだろうか、とハルカは心の中で首をかしげる。そうだとしたら上手いこと丸め込まれたわけだったが、ハルカはそんなに悪い気はしていなかった。


 こんな風にトラブルに巻き込まれる毎日は、会社に通っているだけの日々より、よっぽど人間らしくて生きているという実感があった。


「お、ハルカー、先に戻ってたんだな!」


 宿の入口からアルベルトが手を振る。横にはテオとレオをつれ、コリンは少し退屈そうな顔をしていた。モンタナはアルベルトが声をかけると同時に小走りにハルカの方へ駆けてくる。


「さっきの件についてだけど……。彼らには、君が好きなタイミングで話すといいさ。隠し事とか出来なさそうな子がいるからね」

「そうですね、この国を出た後、機会があれば話してみます」


 尻尾を振りながら走ってきたモンタナが、スッと長椅子のハルカの隣に収まった。それを見て笑ったコーディは、傍に来たアルベルト達に聞こえるように話す。


「依頼がうまくいったようだからね、今日は私が奢ってあげよう」

「お、太っ腹ー!」

「え、いいんですか?やったやった」


 駆け足で近づいてコリンとアルベルトもハルカの座る長椅子に座る。4人掛けくらいの長椅子なのにぎゅうぎゅう詰めるものだから少し窮屈だ。

 後ろからテオとレオが歩いてきて、嫌そうな顔をしながらコーディの座るほうの長椅子に腰を下ろす。


「そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいんじゃないか?」

「別にしてませんよ」

「胡散臭いんだよ」


 レオとテオは相変わらず大人に対して辛辣だった。

 メニューと睨めっこしながら、これがいいとかそれが食べたいとか話し合うアルベルト達を見て、双子もこれくらい素直だったら可愛げがあるのになぁとコーディは肩を竦めた。


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