七十六話目 大人の会話

 マルチナにこの世界の話をもっと聞きたかったハルカと、他の面々は分かれて行動することになった。レオは最後までどちらと一緒にいるか迷っていたが、テオに呼ばれて観光案内をすることにしたようだった。マルチナに「ハルカさんに変なこと教えちゃだめだよ、普通のオラクル教の常識の方を教えてよね」と忠告して去って行った。

 ハルカとしてはどちらも聞きたいところだったので、気にせず教えてほしいと伝えて彼女の話を聞いた。


 マルチナが声を潜めて話すところによると、神人時代、その争いが本格化する前までは、破壊者ルインズはただの種族として扱われており、普通に今の人族と交易していた可能性があるという。

 人族の領土と破壊者ルインズの領土が接している場所も多くあったというのがその証拠だそうだ。ただし彼らの性質は今と変わらず、やはり戦闘を好むものが多かったようで、あちこちで戦争自体は起こっていたそうだ。

 また、破壊者も人族も、多少の地方訛りはあれど、全てが同じ言語を使うという点もそれを証明しているように思われる。

 この話をするときにマルチナが一つ忠告をした。

 これは飽くまで昔の話であって、今破壊者ルインズと出会うようなことがあれば、迷いなく戦うべきだということだ。人族が彼らが敵であると認識しているのと同じように、彼らは人族を敵と認識している。話が通じると思うのは危険であるという。

 当然の話だ。こちらが襲うのに、相手には襲わないでほしいなんて虫が良すぎる。


 他にもこの世界の人族や破壊者ルインズの種族の話も聞くことができた。


 破壊者ルインズは人族以上に様々な種族に分かれている。


 最北にいる巨人族だけ取っても、ジャイアント、サイクロプス、トロール、ヒルジャイアント等、様々な種族がいるそうだ。その中でもジャイアントは特に体が大きく、支配層として君臨しているらしい。

 他に強力なものと言えば、角が生え、強力な膂力を持つオーガ、夜の王であるヴァンパイア、空にはガルーダやハーピー、海にはセイレーンにマーマンがいるという。それぞれ似た特性を持つものや下位の種族や魔物を従えており、人族とだけではなく、破壊者ルインズどうしも互いをけん制しあっている。

 今のところ積極的に人族と争っている領土はないようであるが、それぞれの地域が落ち着いて、外へ目を向けられるようになったときには攻めてこない保証はなかった。


 それぞれの種族の詳しい特徴などを聞いて質問を繰り返していると、気づけば夕暮れ時になっていた。それに気づいたマルチナは、声を漏らしながら体を伸ばす。長時間話していて、肩が凝ってしまったようだった。


「はぁ、久々にこんなに人と種族や歴史の話ができたわ、楽しかった。迷惑をかけてしまったのに、こんなに話を聞いてくれてありがとう」

「いえ、私の方こそ、知らないことばかりで話していて面倒だったでしょう。いろいろ知ることができて楽しかったです」

「また機会があったら話をしましょう。私はこの街から出ることがほとんどないから、その時はハルカさんの冒険の話を聞かせてもらえると嬉しいわ」

「えぇ、これだけ栄えている街ですから、きっとまた訪れることがあると思います。その時は……学院を訪ねれば会えますか?」

「そうね、それかスタフォード家に話を通してくれれば時間を作れると思うわ、それじゃあいつかまた」


 マルチナはさっと伝票を取って支払いをし、颯爽と店から出ていった。呼び止めて支払いをしようとも思っていたが、話をする合間にも、しきりに迷惑をかけたことを気にしていたのを思い出し、会計を任せることにした。

 彼女が店を出るのを見送ってから、ハルカも宿へと向かう。


 宿のロビーにたどり着くと、テーブルについてこちらに手を挙げているコーディの姿があった。

 今日は仕事が早く終わったのだろうかと思いながら、ハルカがその対面に腰を下ろす。


「今日はもう仕事が終わったのですか?」

「まあね、仕事を終わりにするかどうかは私の判断次第だから、今日は早めに切り上げたよ。それにしても聞いたよ?あっという間に学院生たちの心をつかんだそうじゃないか」


 あれを心をつかんだと言っていいものかどうか、思い出しながらハルカは首を振った。


「みんな元からいい子たちだったからですよ。それにサラも頑張ってくれたみたいですし、そもそも教え自体が誤解であったようでしたからね。今日マルチナさんという学院で教師をしている人といろいろ話をしてきました」

「……おや、もうそこまでいっていたのか。本当に仕事が早いなぁ……。それで、どんな話をしたんだい?」


 マルチナとした話やレオの忠告を思い出し、ハルカは素直に答えることに逡巡した。コーディはかなり鷹揚な人物であるようにも思えるが、同時に何を考えているのかわかりづらい部分も大いにある。彼が一体どのように考えて今回の子供たち関連の依頼を出したのかがはっきりしない以上、余計なことを言うのは避けるべきだと思った。


「何か答えづらいことでもあるのかな?」


 コーディは相変わらず考えの読めぬ糸目と張り付いたような笑顔でハルカを見つめていた。

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