七十一話目 新しい依頼

 その日一日商店を見て回ったり、近所のレストランで食事を取ったりする間、サラはずっとハルカ達と一緒にいた。

 どうやら彼女は子供達の中で一目置かれているようで、彼女がそばにいるおかげで子供達が遠巻きにハルカを見るだけで済んでいる節もあった。


 ハルカとしてはどこへ行っても視線を感じるものだから、とても気の休まる暇がない。いい加減慣れたつもりだったが、ただ興味深げに見つめられるのとはまた違って、精神的な疲労を感じていた。


 たまにサラがその視線に気づいて、やめさせに行こうとすることがあったが、ハルカは気にしていないからと言ってそれを止めていた。

 ただでさえ悪いダークエルフと一緒に歩いているのに、この上自分のことを庇う様なことをしたら、彼女の学校での立場に影響が及びそうだと思ったのだ。

 年頃の少年少女は残酷で、些細なことで昨日までの友に攻撃的になったりする。大人になれば悪いことをしたと思ったりもするのだが、その当時は気付けないものだ。

 正義感が強そうな彼女が、暗澹たる青春を送ることになるのは避けたかった。とはいえ既に今の時点でそのルートに乗りかけていると思うので、何かフォローしてやりたい気持ちはある。

 しかし方法が何も思いつかない。

 子供のそういう繊細な関係に、部外者である大人ができることは限られている様に思えた。



「子供達がたくさん歩いていますね。サラもそうでしたが、学院は休みなのでしょうか?」


 気にすると悪いと思い、できるだけ疲労を隠して、明るい調子でサラに話しかける。疑問を尋ねるついでに、自分は子供達の視線など気にしていませんよというアピールだった。


「はい、冬季の休みになります。卒業予定のものはこの期間に研修に出て、それが終わればレポートを提出して卒業し、来春まで長期の休みを取ります。私たち在学生は、年が明ける頃には学校が始まります。ですので年の暮れや明けのイベントに向けて、今のうちに冒険者ギルドで小遣い稼ぎをする生徒が多いです。私たち学院生は七等級相当の依頼までは受けられることになっているんです」

「どうりで冒険者ギルドに子供が多いと思ったぜ」


 今でも冒険者仲間からは子供に見られがちなアルベルトが、自分のことを棚に上げてそういった。

 サラの返事を聞いて、ハルカは思う。

 明日から冒険者ギルドに行くのやめようかなぁ、と。日本にいた頃のインドア精神が首をもたげ始めていた。




 ハルカは買い物や観光を楽しむどころではなかったが、他の三人はそれなりに楽しく街をぶらつき、宿に戻る頃には日が暮れ始めていた。


 宿で食事を摂っていると、コーディが「やぁ、どうも」と当たり前のように同じテーブルについて、自分も飲み物を注文する。

 それから同じ席に座っているサラに気づいたようで、おやっと言う様子で話しかけた。


「サラ君、だったよね、予知夢の神子の。なんでハルカさん達と一緒にいるんだい?」

「ハルカに襲いかかって返り討ちにされたから」

「ちょっと、誤解を招きますって。私から話します」


 コーディの質問に仏頂面で答えたアルベルトを制して、ハルカが説明のバトンを受け取った。アルベルトは「俺間違ったこと言ってねーもん」と言ってそっぽを向く。その態度に苦笑しながら、ハルカは今日あったこと、街に出ての感想をコーディに伝えた。

 言いつけるようで心苦しかったが、遠征に出た初日に、そう言ったことがあったらすぐに相談するように言われていたことを思い出したからだった。


「あー、そうかぁ……。思ったよりその噂って浸透していたんだね。よし、わかった、ここらで対策を取ることにしよう」


 コーディは大きくうなづいて、そういった。


「この街はね、罪を犯していない人族であれば、誰であれ快適に暮らせるべきなんだ。今回の件はハルカさんに大変申し訳ないことをしたと思っている。立場ある者として正式に謝罪をするよ、この通りだ」


 テーブルに頭をつける様にして謝るコーディに、ハルカは慌てて手を横に振った。


「いえ、いえいえ、コーディさんにそこまでされることではないですよ、頭をあげてください」

「いや、外部との関係について気を使わなければいけない立場の者としては、失態としか言いようがないな。ハルカさんが温厚な人だから良かった様なものの、もし他のダークエルフの方が同じ目にあっていたら、これで済んだとは思えない」


 ハルカはアルベルトが子供達をどんな目に合わせようとしていたかを思い出し、言葉に詰まった。

 喧嘩を売られたのがもし、名誉を気にするようなダークエルフの戦士だったりしたら、大事件になっていた可能性は確かにあった。あるいは戦闘力のないダークエルフであったにしても同様だ。外交問題にもなるかもしれない。


「というわけで、ハルカさん。あなた達に改めて依頼をしようと思うんだ。もし明日以降に喧嘩を売ってくるような、不躾な視線であなたを見てくるような学院生がいたら、ちょっと叩きのめしてもらえないだろうか?」

「……はい?」


 とてもまともな大人から出てきたとは思えない提案をされて、聞き間違えではないかとおもったハルカは間抜けな返事をする。


「うん、だから、失礼な学院生に是非ともダークエルフの君から教育的指導をしてもらいたいと思って、物理的に」


 別の言い回しをしてきたが、意味は同じな様であった。

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