七十二話目 倫理観

 聞き間違いでないことを確認したが、ハルカはすぐに承諾することはできなかった。叩きのめすと言う強い言葉があまり好きではなかったし、何か裏がありそうだと感じたからだ。

 ダークエルフを代表して、みたいな扱いになっているが、ハルカはダークエルフ歴半年ちょっとの素人だ。というか、本当にダークエルフであるかも怪しい。なにせ日本人のおじさんであった時間の方が圧倒的に長いのだから。


 本物のダークエルフと交流があって、ハルカのことをダークエルフであると断じた人間は今のところ一人もいない。

 ハルカのことをダークエルフと思っている人のほとんどは、ハルカが伝聞で聞いたダークエルフと同じ特徴を持っているからそうだと思っているだけだ。

 本物のダークエルフはもしかしたら耳が尖っているだけで、全員が筋肉ムキムキの超好戦的な奴らで、本当に破壊の神によって生み出された何かだったりする可能性もあるのだ。

 南方大陸では人と普通に交易をしているそうなので、流石にそこまで酷いことはないとは思っているけれど、とにかく未知であることには違いない。

 この話を承諾した後のこと考えているのか、楽しそうにしているアルベルトを横目で見て、ハルカは返答を決める。多分彼は今日のことが不完全燃焼だったのだろうけど、人に簡単に暴力を振るうことがいいことだとは、やっぱり思えなかった。


「そういう暴力的なのはちょっと……」


 ハルカが歯切れ悪く言ったのに、コーディは片眉を上げた。


「冒険者は大抵こう言う話が好きなのだけど、ハルカさんはそうでもないみたいだねぇ」

「言葉が通じるのに積極的に人を傷つける必要はないと思います」

「うーん、そうだね、諸々の事情を抜きにすればそれは真っ当で正しい意見だと思う、でもね……」

「ですので、私は明日から彼らと会話をしてみようと思います。その結果もし争いになる様でしたら、その時は、仕方がないのでご希望に沿う形になるかもしれません。後もう一つ、私は別にダークエルフの中で立場のある何某でもありませんので、ダークエルフ全体に対しての啓蒙はできませんよ。偏見や差別を持たないでほしい、持った結果何が起こるのか、私が伝えられるのはそれくらいです」


 何かを言おうとしたコーディの言葉を遮って、自分の意見を述べる。少し前までは絶対にしなかったことだったが、こちらで暮らしていくうちに、自分の思いを表に出すのが少しずつ上手になってきていた。素直に生きる仲間達に影響されたのもあるし、改めて冒険者として強く生きてみたいと思ったというのもあった。

 折角誰も自分のことを知らず、しがらみもなにもないせかいにきたのだから、自分の正しいと思うことを、流されずにやってみたかった。


「……うん、うん、そうかい、それでも私はいいよ。では君たちが子供達と争いになった結果、多少の怪我をするくらいであれば容認するという旨をかいた依頼書を明日の朝に渡すとするよ。主な依頼内容は、ダークエルフに対して偏見を持っている子供達の矯正に努める、だ。特に制限は設けない、殺したり後遺症が残るほどのことは困るけれどね。報酬は最低限の提示から出来高にしようかな。……私はハルカさん、あなたはもっと流されやすいタイプの人だと思っていたよ。少し見くびっていたようだね。……縁のできた人が頼りになるのは歓迎さ」


 自分の中で何か考えが纏まったのか、少しの沈黙の後コーディはハルカの提案を受け入れた。それからテーブルに肘をついて手を組みながら言葉を続け、全て話してから伏せていた目をあげて、不敵に笑った。


「その上で一つ忠告をさせてもらえるかな」

「……なんでしょう?」


 すっと真面目な表情に戻ったコーディにハルカは気圧される。


「言葉が通じるなら話す、実に結構だけれど、それは強者の理論だ。相手に何をされても大丈夫、って言う前提のね。それは心に留めておいて欲しい、弱者からの意見としてね」

「わかり……ました」

「ではまた明日の朝に来ることにしよう。ほら、サラ君もあまり遅くなる前に私が送っていこう」


 サラを連れて外へ出ていくコーディを見送りながらハルカは考える。彼の言っていた強者の理論についてだった。そんなハルカの様子に気づかず、アルベルトはコーディの後ろ姿を見ながら呟く。


「何言ってんだ、あのおっさん」


 彼の心にはコーディの言葉は全く響かなかった様だったが、ハルカは自分の価値観について考え直す必要があると感じていた。








 ハルカはベッドに寝転びながら考える。

 確かに、言葉が通じるから会話をすると言うのは驕りのある考え方であった様に思うのだ。

 今日の出来事だけを思い出しても、子供達は一斉にハルカに向かって魔法を放ってきていた。普通の人だったら、死に直結する攻撃だった。

 自分でも子供達にそう注意したはずなのに、肝心の自分はそれを重く考えていなかったことに気付かされる。

 子供達だって、別に異邦人を迫害するつもりでハルカをみているわけではない。本当にダークエルフが破壊の神の使徒で、突然暴れ出して自分や自分の大切な人たちの命を脅かすかもしれないと思って警戒をしているのだ。

 ハルカは自分があまりに丈夫なせいで、簡単に命が失われる世界だと言う認識が甘かったことを改めて自覚した。


 例えば旅の途中に出会った人の良さそうな人が、実は盗賊だった。

 強そうな冒険者に誤ってぶつかってしまい、因縁をつけられる。

 この世界で人と敵対している破壊者ルインズだって、同じ言葉を話せるものくらいいるかもしれない。

 言葉が通じるからといって、同じ倫理観を持って相手の命を尊重するとは限らないのだ。


 ハルカは反省する。

 その上で、明日どうやって子供達と会話をすればいいかを考えた。

 間違ったっていい、よりよくなる努力をしよう。ハルカは前向きな思いを抱きながら、ベッドの上で考えを巡らせた。

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