三十五話目 露店
ハルカは、モンタナが何もいない後ろの曲がり角をみてじーっと止まっているのを、黙って見つめていた。
ペットの動物が唐突に何もない空間をじーっと見つめることがあるという話を聞いたことがある。一説によれば人間には見えない何か恐ろしい魑魅魍魎が見えており、それを威嚇しているのだという。
今のモンタナの状態もそれなのではないか、そう思ってハルカは彼の変わった行動を見守ることにしていた。
なにより彼の行動は人の害になるようなことがまずないので、邪魔する理由も無かった。
彼の変わった行動は今に始まったことではない。
街中を歩いているときや、どこかでご飯を食べているときなどにも突然一点を見つめ始めるときがある。
ほかの二人に聞いてみたところ、ハルカといるときにしかそれをしないというものだから、なんだか恐ろしくもある。ハルカは幽霊とか呪いとか、そういった類の話があまり得意ではなかった。見えないものや分からないものは怖いのだ。
もしかしたら先日モンタナがくれたネックレスも、その関係の品物なのではないかと思い始めてくる。退魔士モンタナの特殊装備だ。お守りみたいなものかもしれない。
アルベルトにはブレスレットを、コリンには指輪を渡しているらしいので、恐らくそういった物でないことはわかっていたが、モンタナが動き出すまでの間ハルカはそんな妄想をしていた。
それにしてもモンタナは器用なもので、暇さえあれば石を削ったり、金属を曲げたり、紐を通したりしている。
なんでもアクセサリー作りが趣味なのだそうだ。
ハルカはアクセサリーの類に詳しくなかったが、完成されたものはどれも店で売っていてもおかしくないように見える。
使われた宝石は、今まで見たどんな宝石より光を閉じ込めていたし、ハルカ達に渡されたものは、どれも本人によく似あうように工夫されて作られていた。
普段の様子からは想像し辛いけれど、モンタナにはそういう美的センスがあるのだろう、というのが仲間内全員の共通意見だ。
ところで、オランズの商店通りはいくつかの区域に分かれている。きちんとした店が立ち並ぶ区域、屋台のような移動式のものが並ぶ区域、さらに奥へ進むと布を一枚敷いただけの露店が並ぶ区域になる。商人と冒険者の国というのは伊達ではなく、オランズに限らずこの国では、店を構えない限りは、指定された範囲内で自由に商売をすることができる。
他の国へ行くとそういった場所は限られていて、自作のものなんかは、わざわざ他の町まで行かないと売りに出せないのが普通だった。
ようやく曲がり角から視線を外したモンタナは、ハルカを引き連れて露店区域をのんびりと歩き、やがてその端につくと、2m四方の布をバサッと広げしゃがみこむ。
「座るですよ」
モンタナに促されて、ハルカも横に腰を下ろす。モンタナはハルカが座ったのを確認すると、自身のだぼだぼの袖をゆすって、ばらばらと布の上に何かをばらまいた。尻尾を振り振りしながら、小さな手でそれを等間隔に並べていく。ハルカが後ろからのぞいてみると、それらはモンタナが作ったアクセサリー達のようであった。
「開店、です」
むふー、と満足そうに息を吐いて、モンタナはペタっとお尻を地面につけて足を伸ばす。
行きかう人は少なくないが、アクセサリーを買うような客層の人は、あまり露店区域をうろうろしていないように思えた。
「いつもこんなことを?」
「休みの日はたまにです」
あまり道行く人に気を払うこともなく、モンタナが答える。
「売れるのですか?」
「たまにですけど」
ちらっと見ては通り過ぎていくたくさんの人たち。けれどモンタナはまるで気にした様子はなかった。じーっと見ていく人なんかがいると、買って貰えなくても嬉しそうだ。
ぽかぽか陽気で気持ちもいいし、たまにはこんな日もいいかもと、ハルカは気を抜いてモンタナの様子を観察した。
これはこれで贅沢な時間の使い方だった。せかせかと分刻みで働かなければいけなかったサラリーマンの生活とは雲泥の差だ。
「そういえばアルは誘ったのに来なかったですね」
「前に来た時、途中で飽きていなくなったです」
「そうですか、もしかしてコリンも?」
「です」
現場の下働きをたくさんしていた時、ハルカはあちこちで引っ張りだこになりとても忙しい時期があった。
どうやらその頃、既にほかの二人は一緒にここに座っていたことがあるらしい。
彼らは年相応にアクティブだから、黙ってのんびりしているのに耐えられなかったのだろう。その光景が目に浮かぶようであった。
ぽつぽつとそんな話をしていると、一人の青年が、緑色に輝く石がはめられた二つセットの指輪を、立ったままじーっと眺めている。
しばらくそうしていると、ついにはしゃがみ込んで、それを眺めはじめる。
やがて手元の巾着を確認して、青年はハルカに尋ねる。ハルカの方が背が高いため、そちらが店主と思ったようだ。
「なぁ、これいくらなんだ?」
そういえば値段が書いてなかった。これじゃあ売れるものも売れないよなぁ、と思いながらちらりとモンタナの方を窺う。
「いくらだすですか?」
「いや、うーん……」
青年は悩んだ末に、巾着袋を丸ごとモンタナに差し出した。
「これで足りるか?」
モンタナは中を覗き込むと、それを逆さまにし、ジャラジャラと布の上に広げ、銀貨でできた山を半分に分けて、半分を手前に置き、もう半分を巾着に戻した。だいたい10枚くらいの銀貨だったように見える。
「これでいいです」
そういって、モンタナは巾着と、セットの指輪を青年に差し出した。青年はほっとした表情になり、モンタナに礼を言った。
「よかった、ありがとう」
「お買い上げありがとです」
青年が心なしか足取り軽く人ごみの中に消えていくのを見送って、ハルカがモンタナに尋ねる。
「値段って決まっていたんですか?」
モンタナは首を横に振る。
「見て決めてるです」
モンタナなりに何か基準があるらしかったが、それを自分から話す気はなさそうだった。
他の人にとってはもしかしたら少し物足りないような会話かもしれないが、ハルカはあまり話をするのが得意でなかったから、こんな風な短いやり取りも別に苦ではなかった。
しばらくそうしていると、今度は紳士風の気難しそうな中年の男性が現れた。彼は口ひげをなでながら、じーっと一つのネックレスを見つめている。琥珀色の石が連なった、比較的大きなものだ。彼は視線を動かし値札を探していたようだが、それがないことを確認すると、何かの皮で作られた、高価そうな財布から5枚の硬貨を取り出した。
「足りるかね?」
「です」
硬貨を受け取り、ネックレスを渡すモンタナ。ハルカは硬貨の色を見て目を疑った。見間違いでなければそれは金貨だった。そのわずかなやり取りを終えると二人はそれ以上のやり取りはしなかった。男性は一つ頷くと姿勢正しく歩き去り、モンタナは元の位置に戻った。
「いつもこんなに売れるんですか……?」
「たまにです」
さっきと同じ答えを返し、モンタナは持ってきていたパンにかじりついた。
そのあとは夕方まで座っていたが、特に客が来ることなく、前の冒険の反省だったり、次はどんな依頼を受けたいか、といった話をして有意義な時間を過ごした。いざ撤収、となったときに鼻息荒く、じゃらじゃらとした装飾品とモノクルを付けた一人の男が走って近づいてくる。
「おい、そこの、そこの獣人よ、俺がそれを全部買ってやる」
ちらりと男の方を見るために一度手を止めたモンタナは、すぐにまた撤収作業を始める。ぽいぽいぽいと雑に袖の中に並べてあったアクセサリーを投げ込むのを見て、男は慌てたように言った。
「おい!そんなに雑に扱うんじゃない!買ってやると言っているんだ!」
騒がしい男に、モンタナの尻尾がぺしっと一度地面をたたいた。最後に一つだけ残っていたイヤリングを、手に取って、男を無表情に下から見上げる。それからやっぱりぽいっとそれを雑に袖の中に放り込んでこういった。
「今日は店じまいです」
「貴様、そんな態度をとっていいのか?!俺にそれを売れば、適切なところに販売して、お前の名を広めてやると言っているんだ!」
「店じまいです」
「いいからよこせ、金なら払うと言っているだろう」
「しまいです」
つーんとしてまるで取り合わずそのまま歩きだしたモンタナに、男が怒り後ろで腕を振り上げる。ハルカが慌てて間に入ろうとするが、暴力に対する反射が遅いせいか、動きだせたのはモンタナに男の拳が迫ったころだった。
「この!クソガキが!!」
モンタナは素早くしゃがみ込むと、腰から短剣を引き抜き、男の眼もとにそれを突き付けた。モノクルにひびが入り、男が腰を抜かす。
「今日は店じまいです」
同じことを告げたモンタナは、剣を収めると、何もなかったかのように敷いていた布をハルカに預けて歩き出した。
しばらく歩いていると、後ろから小さな足音が響き、声を掛けられる。そこは朝来た時にモンタナがじーっと見つめていた曲がり角の辺りだった。
ハルカはさっきの男が追いかけてきたのではないかと一瞬警戒したが、すぐにそれを解いた。十歳にも満たない小さな少年が、男からの刺客とは思えない。
「あ、獣人のにーちゃん、今日はもう終わっちゃったの?!俺お金持ってきたのに!」
ほら、と言って銅貨を二枚少年が差し出した。モンタナはそれを見ると、ジャラジャラと袖を揺らし、先ほど最後にしまったのとは違うイヤリングを取り出した。
「臨時開店です」
少年に向けてそれを差し出すと、少年の手から銅貨受け取った。
「やった、ありがとにーちゃん!かーちゃん喜ぶと思う!」
走り去っていった少年の後姿を見ながら、モンタナが満足そうにゆらゆらと尻尾を揺らした。
「嬉しそうでしたね、あの子」
「です」
ハルカはモンタナがどんな基準で物を売っているのか、値段を決めているのかはっきりとはわからなかった。ただ、モンタナが何か信念をもって自分の作ったものを売っているのだということは、なんとなく理解できた。
「モンタナ、今度また一緒について行ってもいいですか?」
「歓迎するです」
隣で得意げにハルカのことを見上げるモンタナを見て、なんだか嬉しくなったハルカは、彼の頭をそっと優しくなでた。
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